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(12)

 あれほど勢い良く燃え盛っていた炎はほとんど消火されてしまい、もはや小さな赤い火が所々に頼りなく揺れるだけ。

 反対に水の勢いは増すばかり。土に吸収しきれなくなった水が足元に溜まり、地面を覆った。


(もっと! もっとよ!)


 水に煙る空間の向こうで、倒れた火の精霊が僅かに身動ぎした。

 その身に纏っていた炎はすっかり消え去っている。

 紅蓮の炎のような赤髪もベットリと濡れそぼり、彼が完全に力を失ってしまっているのは明らかだった。


(もっと! もっと! もっと!)


 地に溜まった水と、上から叩き付ける水。

 火の精霊は双方からの水に挟まれ、身動きすらできない。おそらくもう意識不明なのだろう。


「し、雫」

 激しい水音にかき消されそうなモネグロスの声。

 口を開くと水が中に入るのか、おかしな発音になっている。


「雫、もう止め……火の精霊が、死んでしまう……」


 モネグロスの声は、耳に聞こえても頭には残らなかった。

 あたしの頭の中は、ある意識に占領されてしまっているから。

 怒りと復讐。そして、それが果たされる快感に。


 火の精霊の体が、一瞬ボウッと霞んだ。

 水の精霊が逝った時のように全身が徐々に透けていく。

 滝のような雨は、そんな事にはお構い無しに火の精霊に襲い掛かる。


 もっとだ! もっと襲い掛かれ! 

 こんな極悪を許すものか! そう、あたしの怒りは正しい! これは正義の裁きだ!

 絶対に、火の精霊は許されてはいけないんだから!

 もっともっと! この許されざる者への裁きを、もっと!


 雨に叩かれ、もう地面が透けて見えるほど朧になった薄赤い体。

 それを眺めながらあたしは心の中で激しく叫ぶ。

 火の精霊への更なる仕打ちを。押さえきれない憎しみを。


 だって当然よ! こいつは、それだけの事をしたんだから!

 これは罰よ! 人を傷つけ苦しめるものは、それ相応の対価を支払わねばならないのよ!


 あたしの全身も打ち付ける怒涛の雨にさらされる。止まぬ水の勢いに呼吸もままならない。

 でも、そんな事まったく気にならない。

 別世界のようになってしまった水の空間の中、あたしの心はただひとつ。


 『愚かな罪人に正義の裁きを!!』


 その望みは今、目の前で叶えられていく。

 ほとんど消えかかっている火の精霊の姿に、あたしの胸は高揚感に満たされる。


 ざまあみろ。

 人をないがしろにして、苦しめる者は最後にはこうなるんだ。思い知ったか!!


 あたしは唇を歪め、声も無く笑った。

 ざまあみろ! ざまあみろ! ざまあ…………


「雫やめろ! なにやってんだお前!?」

「……!?」


 あたしの声無き哂いは、ピタリと止まった。


「雫! 聞こえてるのか雫!?」


 この声は、ジンッ!?


 あたしは慌てて声の主を探した。

 土砂降りの中、ジンが這うように必死にこっちへ向かっている姿が目に飛び込んできた。

 あたしは飛び上がって歓喜する。

「あぁジン! 良かった無事だったのね!? 大丈夫なの!?」


 夢中で駆け寄ったあたしに、ジンはずぶ濡れの顔で怒鳴った。


「大丈夫じゃないのはお前だろうが! いま自分がどんな顔してたか分かってるのか!?」

「な、なに言ってんのよ! あたしは大丈夫よ! モネグロスも!」

「全然大丈夫じゃないだろ! 見てみろ!」


 ジンの言葉に後ろを振り向くと、モネグロスが気を失って倒れていた。

 やだ! いつの間に!? あたしったら全然気がつかなかった!

 慌てるあたしを、ジンが大声で怒鳴りつける。


「怒りに囚われ、我を忘れやがって!」

「べ、べつにあたしはそんな!」

「まったくこれだから、使い慣れない力を持った人間は…!」

「なによ! 怒鳴らなくてもいいでしょ!?」

「好きで怒鳴ってるんじゃない! 雨がうるさくて声が聞こえないんだよ!」


 ひときわ大声でジンは叫んだ。

「もういい! この雨を止めろ!」


 あたしは返事に詰まった。

 この雨を止める? だって、だって雨を止めたら、火の精霊は…。


「あいつは土の精霊と神の船を殺したのよ!」

 その罰を与えなきゃならないわ! あたしはあいつを見過ごすわけにはいかない!


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