表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/182

(11)

 あたしの体を抱くモネグロスの腕に、痛いほどの力が込められる。

「おぉ、神の船よ……」

 モネグロスの体が小刻みに震え、あたしの額のすぐそばで、彼の歯がぎりぎりと音を立てた。

 大きく波打つ胸と、すすり泣く呼吸の音。


 ミネグロスに抱きしめられながら、あたしは息をする事ができなかった。

 瞬きする事もできなかった。なにもできなかった。

 なにも。なにも。なにも。


 この力は何のため?

 この、水の力はいったい何のために?

 あの水の精霊が自分の命の終焉にあたしに託した力。あたしの道行く先の希望を信じて託した力。


『守って下さい。仲間を、そして世界を』


 見開いたあたしの両目が火の精霊の姿を捉える。

 輝く炎を身にまとう彼は、目からも口からも煙のように炎が燃え上がっていた。


(あんた……)


 忘却の果ての、その姿。


(あんたは……!)


 全ての有を無と化すほどの閃光と炎の空間の中で、ただ猛り狂うだけの、もの。

 あたしはモネグロスの腕を振り払い、勢い良く立ち上がって火の精霊に向かって叫んだ。


「あんた! いま自分が何をしたか分かってるの!?」


 あんたは精霊の仲間を殺した!

 懸命に兄弟や仲間を守ろうとしていた、幼い少女のような土の精霊を!


 そしてあんたは神の船をも殺した!

 アグアさんと再び会える日を夢焦がれ続けていた神の船を!

 それも、よりによって土の精霊の目前で!


 あんたの、あんたのその力は

 心優しい土の精霊を

 宝物を夢に見続けていた神の船を

 誇り高く気高いジンを

 水の精霊が希望を信じた世界を……


 ただ無残に破壊するためだけの力か!!


 意識が飛びそうになるほどの、爆発的な怒りが全身の細胞を沸き立たせる。

 水が、あたしの中の水が怒り狂う。

 この理不尽な悲劇を前に、怒りで沸騰しながら全身を駆け巡る。


 輝く炎に照らされた、眩しいほどの空間に突如として影が射した。

 頭上高い天空に暗雲がモクモクとたちこめる。

 ゴゴゴ…と響くような音が、低く、でも確かに聞こえる。


 たちまち青空はドス黒くに染まり、夜と見紛うほどの重苦しい暗がりに覆われていく。

 地上の眩さと、天上の暗闇。ふたつの対比が、どんどん混じり合っていく。


 そしてぽつりと、強烈な熱に覆われた地に落ちる、一滴の雫。


 雨だ。


 ―― ぽつり、ポツリ

 音も無く天から落ちる雨の雫たち。

 烈火の楽園と化す空間を前に、儚く無力なそれは。


 -- ポツ、ポツ、ザアァァァーー・・・


 徒党を組み、勢いを増し、無数の水となって。


 ―― ドオオオオッ!!


 見る間に大地を殴りつける、膨大な水の槍と化した。


(あんたをあたしは、絶対許せない!)


 天から叩きつけられる滝の槍雨。箍が外れたような驚愕のスコール。

 熱に浮かされていた空気が、湿気と水の匂いで充満する。

 一瞬で頭からずぶ濡れになり、服が水を限界まで吸って重くなった。

 ベットリと濡れた髪が顔に貼り付く。


 突然の大雨に全身を殴られて痛むのか、モネグロスが顔を歪めた。

 あまりの雨量で、あたしの視界もほとんど利かない。


 最初のうち、我を忘れた火の精霊は雨など完全に無視していた。

 でもこの凄まじい雨量に全身を叩きつけられて、さすがに正気が戻ってきたらしい。

 戸惑うように天を見上げ、呆然と雨に濡れる自分の体を見ていた。


 やがて、突然火の精霊がガクリと片ヒザをつくように崩れ落ちる。

 まるで呼吸困難のように大きく胸を上下させ、口をパクパクさせながら苦し気に頭を振った。

 燃えるような赤い髪がボウッとかすみ、色がぼやけ始めたと思うと、彼は勢いよくうつ伏せに倒れた。

 その体に雨は、容赦なく襲い掛かる。

 煙るように包み込む水に遮られて、火の精霊の姿が見えなくなった。


 でもそこにいるはずの火の精霊をあたしは睨み続けていた。

 しとど流れ落ちる水に濡れた、般若のような形相で。


 地を覆う炎の楽園はみるみる勢いを鈍らせた。

 輝く青白い炎が文字通り青息吐息となっていく。熱気は湿気となり、火は水溜りになり、炎が水に飲み込まれていく。


(さあ、思い知れ!)


 般若の唇の片端が、クィっと上にあがった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ