(9)
あたしは土の精霊の真意を量りかね、その目を見た。
この子は・・・。
「風の精霊は、なんとかして助けます。だからモネグロスを連れて逃げてください。そして、どうかアグアを救ってください」
土の精霊の頬を、はらはらと涙が零れ落ちる。
「砂漠の神殿のオアシスは、わたしと同じ種からうまれた、わたしの兄弟なんです」
「あなたの兄弟?」
「はい。とおく離れ、いちども会うことはなかったですが」
あの廃墟同然と化した神殿のオアシス。あの悲しく枯れた木々たちは、この子の兄弟だったのか。
「アグアは豊かな水で、優しくあの子達をまもり育ててくれました。その木から神の船もうまれました」
土の精霊は涙を手の甲で拭いながら話してくれた。
土を通じ、緑を通じ、兄弟の木々や神の船の悲しい呻き声が毎日聞こえてきた。
アグアを求め続ける、死に絶える寸前のあの子達の断末魔の嘆きが。
なにもしてあげられない自分の耳に。
「だからどうか、アグアを救ってください」
「土の精霊……」
「さあ早く。えんりょはいりません。思い切り!」
「……わかったわ」
ありがとう土の精霊! あなたの気持ち、きっと無駄にはしないからね!
あたしは両膝をぐいっと曲げた。土の精霊は両目をギュウッと瞑って衝撃に備えている。
こんな小さい子を蹴り飛ばすなんて罪悪感がハンパ無いけど、そんな事言ってられる状況じゃない!
ごめんなさい! 許して土の精霊!!
あたしは勢いをつけて土の精霊をドガッと蹴り飛ばした。
小柄な体が派手に引っくり返る。同時にあたしの体を締め付けている蔓が緩んだ。
……今だ!!
全身の蔓を脱ぐように剥がす。モネグロスの体に絡まった蔓も大急ぎで剥ぎ取って叫んだ。
「さぁ急いでモネグロス! アグアさんが待ってるわ!」
ヨロヨロと、それでも必死にあたし達は走り出した。
火の精霊の猛る咆哮が聞こえる。次の炎の襲撃がくる前に、少しでも安全な場所へ移動しないと!
「ーーーーーッ!!」
ついに咆哮が絶頂に達した。
声、というよりも熱された空気そのものが震えた。
……ヤバイ!
その空気を背中で感じながら、あたしの背筋にゾッと冷たいものが走る。
そして空全体から雨あられのごとく、白く輝く高温の炎が降り注いだ!!
「きゃあぁぁ―――!!」
とっさにモネグロスが再びあたしを庇う。
周囲は瞬く間に輝く炎の海と化し、眩しいほどの灼熱地獄となった。
空気が、燃え上がるーー!!
「きゃあぁぁぁ!?」
少女の叫びが聞こえた。これ、土の精霊の悲鳴!?
モネグロスの腕の隙間から、火に飲みこまれる土の精霊の姿が見える。
なんてこと! 炎に巻き込まれたんだわ!
「土の精霊!」
「きゃああ! ああぁぁ――!!」
華奢で小さな両手が苦しそうに空を掻く。青白い炎を身にまとって踊るようにもがく姿。
幼い少女の体が燃やし尽くされようとしている。
あたしはその光景を目の前にしながら、叫ぶ事しか出来ない。
「土の精霊ーーー!!」
火に包まれた細い腕が、前方に伸ばされる。
必死に伸びるその指の先には……
あぁ! 神の船が激しい音と炎に包まれ、燃え盛っている!
船体の全てを覆い尽くす凄まじい炎、唸る音。それがあたしには、まるで神の船の絶叫のように聞こえた。
「神の船が燃えてる! 燃えているわ!」
「雫! 動いてはいけません!」
「でも神の船が、土の精霊が!!」
あたしは火の精霊に向かって必死に叫んだ。
「止めて! お願い火を止めて! 土の精霊が、神の船が、ジンが!」
みんな、みんな死んでしまうーー!!
「火の精霊! どうか正気に戻って!」
「雫! 無駄です! もはや火の精霊の耳には何も聞こえません!」
「嫌あぁーーーーー!!」
叫び続けるあたしの心の中に、苦しげな神の船の意識が流れ込んできた。
もがき、縋るような心に浮かぶ船の記憶。遠い日の大切な記憶が。
『ねぇ、神の船』
船体を撫でる、白く美しく長い指。
『あなたは、この世界で最も美しい乗り物よ』
優しい声。清らかな響き。
『私の誇り。かけがえのない友』
深く固い絆で結ばれし、無上の存在。
『水と船。私達は永遠に共に在り続けるわ』