(8)
気丈に振舞っても、苦しそうに全身が小刻みに震えている。
あぁ、どうしよう!! ただでさえ弱ったモネグロスの体が!
あたしはジンを包み込む炎の円柱を見た。
ジンの言葉が頭の中に甦る。
『頼む! お前しかいないんだ! モネグロスをまかせられるのは』
そうだ。あたしはジンに頼まれたんだ。モネグロスを頼めるのはあたしだけだと。
だから、なんとしても守らなきゃ! 守ってもらってる場合じゃない!
「モネグロス立てる!? ていうか立って!!」
あたしは立ち上がり、モネグロスの腕を掴んで力任せに引っ張り上げた。
「ここから逃げるわよ! ほら早く立って! 早く!」
「うぅ、体が動かない……」
「このままアグアさんに会えなくなってもいいの!?」
「アグア!? あぁ、私の愛しいアグア!」
モネグロスの顔に生気が戻った。よろめきながらも、なんとか自分の力で立ち上がる。
えらい! さすがはアグアさん効果抜群! これって使えそうね、いろいろと!
モネグロスに肩を貸しながら、あたし達は移動し始めた。
火の精霊の咆哮が聞こえてくる。
急いで! あのヤバイ単細胞の意識が逸れている間に、早くここから逃げなきゃ!
突然、あたしとモネグロスの胸に緑色の紐が巻き付いた。
えっ!? と思う間もなく、蔓はみるみる螺旋状に全身に巻き付く。
足首近くまで巻きつかれ、あたしもモネグロスも縺れてその場に転んでしまう。
痛い! ちょっと放してよ! なによこの蔓は!
「ごめんなさい。ごめんなさい」
か弱い少女のような声が聞こえた。
土の精霊がいつの間にかすぐ後ろで、小柄な体をさらに縮めて恐縮している。
「ごめんなさい。こんな事してしまってごめんなさい」
叱られた子どものようにシュンと縮こまった、素直そうな目。柔らかそうな頬。そして小さな手足。
近くで見ると本当にまだ子どもだわ、この精霊って。
「これってあなたの仕業!?」
「はい、実はそうなんです」
「あっさり認めてないで、これを解きなさい!」
「ご、ごめんなさい。それはできないです。ごめんなさい」
あたしに怒鳴られて、土の精霊はビクンと怯えて謝罪する。
「謝るくらいなら、初めからこんな事しないの!」
「ごめんなさい。でも、しかたないんです」
土の精霊の両目に涙が盛り上がった。
「うらぎったら、土の精霊達はみんな火の精霊達に燃やしつくされます。もしそうなったら、ぜんぶわたしの責任です」
盛り上がった涙が頬をぽろぽろ流れ落ちる。土の精霊はひっくひっくと悲しげに泣き出してしまった。
そ、そうか。この子は仲間全員を人質に捕られてるのよね。確かにそれは気の毒なんだけど。
「でもあれってただの脅しじゃないの?」
いくらなんでも、土の精霊全員皆殺しはないでしょう? 仲間なんだし。
ちょっと脅して言う事を聞かせようとしただけじゃないかしら?
「ね、だからお願い。これを解いてちょうだい」
「いいえ、火の精霊は、やると言ったらほんとうにやります」
土の精霊が首を横に振った。サワサワと豊かな長い髪が揺れる。
「火の精霊には、嘘とか中途半端とか、冗談とかはつうじないです。その中でも、特に彼にはつうじないです」
「……」
「いつでも本気しかないです。彼はそういう精霊です」
真面目な顔で言い切る土の精霊にあたしは困惑してしまう。
そうか。よりによって、一番短絡思考で融通利かない奴を寄こしたわけか。精霊の長が。
でもね、この子の立場も事情も分かるけど、こっちの事情も崖っぷちなのよ!
モネグロスは倒れた拍子に、またグッタリと力を失ってしまった。
一切の応答の無くなったジンも心配だし、どっちも切羽詰ってるのよ! 一刻の猶予も無い!
いっそこの子を、尖ったヒールの先で思いっきり蹴り飛ばして逃げ出そうか。
あたしは自分の踵と土の精霊との距離を目測で計算し始める。
すると土の精霊が、チラチラと横目で火の精霊の様子を伺い始めた。
そして小声でひそひそと話しかけてくる。
「だから、わたしを攻撃してください」
「え?」
「その人間の武器で、わたしを思いきり蹴ってください」
心の中を読まれたのかと驚くあたしに、ひそひそ声は続く。
「わたしは気を失ったふりをして、蔓をゆるめます。そしたら逃げてください」