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水の力の継承(1)

 ぼやけた意識が、暗闇から引き戻される様にゆっくりゆっくり明瞭になっていく。

 霞のかかった頭で、まずあたしが一番最初に思った事は…


(あ、あたし生きてる)だった。


 そして次に強烈に、そして心底から感じた事は…


(ああ! 生きてて良かった!)だった。


 うつ伏せに倒れた状態で、とにかくあたしはホッと胸を撫で下ろす。


 だって本当に苦しかったから!

 全身を水で殴りつけられて息も出来ないなんて、今まで感じた事の無いほど凄まじい苦痛と恐怖だった。

 本当に本当に生きてて良かったと実感する。

 ついさっきまでは死ぬつもりだったのに、あの覚悟なんてどこへやら、だ。

 体中を蝕んでいた毒がすっかり抜けたような気分だ。


 正直、少々自分が情けなくはあるけれど。

 命を犠牲にして復讐してやるってあれほど意気込んでいたのに、あたしの決意や復讐心なんて、しょせんその程度だったんだろうか。


(ぶっ!)


 口の中の不快感のせいでシリアスな思考が中断した。

 お陰で一気に意識が覚醒する。

 うえ、なにこれジャリジャリしてる。


 ……砂ぁ?


 なぜか口の中にたくさんの砂が入り込んでいる。その気持ち悪い感触ときたら、もう!

 べっ! べっ! うえぇぇ~~!

 口の中が最悪状態! 湿った砂が口腔に密着しちゃって吐き出せない~!

 んもう最低! だいたい何で砂なんかが口の中に入ってるのよ!?


 猫が毛玉を吐くみたいに懸命に吐き出そうとしながら、体を起こそうと地面に両手を着く。

 手の平から伝わってくる柔らかく熱い感触で、その時初めて気がついた。

 あたしの体の下に、黄色い砂がたっぷりと敷き詰められている事に。


 なんで、砂??

 会社の屋上に誰が砂なんか大量に運び込んだのよ。物好きな。

 あぁ、常務か。最近ゴルフコースのバンカーがどうのこうのって、やたら煩かったっけ。


 そう思いながら上体を起こして、視界に飛び込んできた光景にあたしは自分の目を疑い、完全に度肝を抜かされた。


 驚きのあまり全身が硬直する。

 良く見えるように、両目を極限まで開いたあたしは……


 広大な砂漠のど真ん中に倒れていた。


 どこまでもどこまでも続く砂の大地。

 連なる砂丘の果ては、まったく見えない。

 地面は、遥か彼方まで薄い黄色で埋め尽くされて砂以外の何ひとつ存在しない。


 前も後ろも右も左も、見渡す限りの砂、砂、砂。

 巨人が指先でイタズラ描きでもしたような、なだらかな波状模様が続くのみ。


 あ、あたし、なんで会社の屋上から砂漠に移動してるの!?

 そもそもここってドコ!? 鳥取砂丘!!?


 ……ううん。違う。

 鳥取砂丘は観光した事ないから良く知らないけど、確実に違う。

 ここは絶対に鳥取砂丘じゃない。


 あたしは呆然としながら理解不能な光景をまじまじと見上げた。


 太陽がふたつ、有る。


 目を潰さんばかりに輝くあの球体は、まさしく太陽だ。

 普段目にする太陽よりも圧倒的に巨大な太陽。

 青い空に突き出すように噴き出すコロナが、肉眼ではっきり確認できる。

 そんな太陽が、ふたつも仲良く並んでる。


 そういえば、さっきからジリジリと全身を焼くような強烈な熱気が襲い掛かっている。

 しかも……。

 あたしは視線を後ろに移動した。遥か向こうの天空の彼方には、なんと月も同時に出ている。


 これもまた、やたら肉厚な質感の巨大なお月様。

 煌々と輝く月の周囲は、様々な色彩に瞬く無数の星々が散る藍色の夜の空。

 天空のカッキリ半分が昼の空。残りもう半分が夜の空。


 そしてその境目にはふたつの空を分断するかのように、細い虹の滝が流れている。


 本物の滝みたいに、虹の光がドウドウと音をたてて流れ落ちている。

 滝の水飛沫のように光の粒子が煙っている様子まで良く見える。


 やっぱりどう考えても、ここって鳥取砂丘じゃないと思う。

 それどころか地球ですらないかも。ここって…


 どこなの???


 あたしは太陽と月と星と砂漠を見回しながら、呆けた頭を抱えてしばらく座り込んでいた。

 そうしてるうちに、事態が変化してくれるんじゃないかと期待しながら。


 ひょっとしたら、そのうち目が覚めるんじゃないかな?

 ベットの上で、そこは見慣れた自分の部屋の中で。

 そんで『ああ良かった。やっぱり夢だった』って。

 きっとそうだ。きっとそうに違いない。

 きっと…。



 でも。

 いくら待ってもあたしの目は覚めず、この世界は変わる事は無かった。


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