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 ―― ボッ! ボオォッ!

 たて続けに消し損ねた炎が、たちまちジンの足元の炎を燃え広がらせる。

 ゆらめく赤い火がじわじわと草を燃やし、勢いを増していく。

 さっきから蓄積された熱と風の息苦しさにあたしは咳き込んだ。


「雫! モネグロスを連れて逃げろ!」

「なに言うの!? そんな事できるわけないでしょ! あんたを見捨てるなんてできないわ!」


 あたしは夢中でジンの元へ駆け寄った。逃げるならあんたも一緒よ!


「よせ! 来るな!!」


 ―― ゴオオォォォ!!


 炎が渦巻き上がった。

 ジンを取り囲むように円を描き、グルグルとトグロを巻くヘビのように炎の柱と化す!

うああ! 熱いーーー!!

 皮膚を焼く熱さに、とっさにあたしは顔をそむけて後ろに飛び退いた。

 炎の円柱に囚われたジンの姿は、まったく見えない。中から叫ぶ声だけが聞こえた。


「雫! モネグロスを連れて逃げるんだ!」

「だからそんな事できないって言ってるでしょ!」


 見えないジンに向かって叫び返す。炎の柱はますます高く燃え上がり、そびえる塔のようだ。


「頼む! お前しかいないんだ! モネグロスをまかせられるのは…」


 ジンの声は途中から聞こえなくなった。

 ジン!? ジンどうしたの!? しっかりして! お願い返事をして!!


 懸命に耳を澄ませても、ジンの声は聞こえない。

 炎の色はさらに薄く、黄色から白色化していく。炎の柱の中はいったいどれほどの温度なのか。

 あたしは両手で強くかしわ手を打ち、必死で祈った。

 水よ! どうか力を貸して! このままじゃジンが殺されてしまう!


 徐々に体中の細胞が呼応し、反応する。あたしの中を流れる全ての水が奮い立つ。

 どうかこの火を、この恐ろしい火を消してっ!!


 ―― ザアアァァァ!!


 湖が突然にざわめきだした。湖水の表面が大きく一部分、ぐうん!と凹む。

 そして、まるで炎に狙い定めるように大量の水が降り注いだ。

 見えない巨大な手の平が、水をすくって撒き散らしたかのように湖の水が降り注ぐ。

 やったわ! これで火が消せる!


 ―― ジュウゥゥ・・・


 水が一瞬で、炎に触れた途端に蒸発した。大量の水全てが瞬時にして儚く消滅する。

そんな!?


「ガアアアァァーー!!」


 火の精霊が猛り狂い、真紅の髪を振り乱して咆哮する。

 完全に常軌を逸してしまっている! 半人間のあたしの力程度じゃ、太刀打ちできない!

 炎の色は青白く変色し、もはや光り輝くようだ。


「ガアァァ! ガアァァー!!」

 狂乱と咆哮が鳴り響く。猛り狂って我を忘れた炎の姿。

 おそらく、水の精霊の力があるからこうして無事でいられるんだろう。

 もしこの場に生身の人間のままでいたならと、考えるのも恐ろしい。


「グガアァァーーーッ!!!」

「やかましいーーーっ!!!」


 恐怖心を打ち消すようにあたしは叫び返す。

 ま、負けない! 負けられない!

 自分で自分の火の始末もできないような奴なんかに、負けてられないのよ!


「危ない! 雫!」

 モネグロスの叫び声が聞こえた。

 空から巨大な青白い炎の塊が、あたし目掛けて落下してくる。

 モネグロスが飛び掛るようにあたしの身を庇った。

 あたしの体全体を自分の衣装で包み込むようにして、丸く覆い被さる。


 直後に感じる灼熱! 燃え盛る音! 全ての焼ける臭い!

 嵐のような激しい空間と時間が続く。何が起こっているのか、まるで分からない。

 モネグロスの体に守られながら声にならない悲鳴を上げ続けた。


「う……」

 やがて、ぐらりとモネグロスの体があたしの上から離れた。

「モネグロス!!」

 倒れこむモネグロスの体を揺さぶりながら、あたしは目の前の光景にゾッとする。


 あたし達を中心に、地面が丸く焼け爛れている。

 真っ黒に、ううん、暗黒に。

 草も土も完全に焼き尽くされ、墨汁のようにどす黒く染まってしまっていた。


「し、ずく」

「モネグロス! しっかりして!」

「大事ありません。衰えても私は砂漠の神。灼熱などに怯みはしませんよ」


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