(7)
―― ボッ! ボオォッ!
たて続けに消し損ねた炎が、たちまちジンの足元の炎を燃え広がらせる。
ゆらめく赤い火がじわじわと草を燃やし、勢いを増していく。
さっきから蓄積された熱と風の息苦しさにあたしは咳き込んだ。
「雫! モネグロスを連れて逃げろ!」
「なに言うの!? そんな事できるわけないでしょ! あんたを見捨てるなんてできないわ!」
あたしは夢中でジンの元へ駆け寄った。逃げるならあんたも一緒よ!
「よせ! 来るな!!」
―― ゴオオォォォ!!
炎が渦巻き上がった。
ジンを取り囲むように円を描き、グルグルとトグロを巻くヘビのように炎の柱と化す!
うああ! 熱いーーー!!
皮膚を焼く熱さに、とっさにあたしは顔をそむけて後ろに飛び退いた。
炎の円柱に囚われたジンの姿は、まったく見えない。中から叫ぶ声だけが聞こえた。
「雫! モネグロスを連れて逃げるんだ!」
「だからそんな事できないって言ってるでしょ!」
見えないジンに向かって叫び返す。炎の柱はますます高く燃え上がり、そびえる塔のようだ。
「頼む! お前しかいないんだ! モネグロスをまかせられるのは…」
ジンの声は途中から聞こえなくなった。
ジン!? ジンどうしたの!? しっかりして! お願い返事をして!!
懸命に耳を澄ませても、ジンの声は聞こえない。
炎の色はさらに薄く、黄色から白色化していく。炎の柱の中はいったいどれほどの温度なのか。
あたしは両手で強くかしわ手を打ち、必死で祈った。
水よ! どうか力を貸して! このままじゃジンが殺されてしまう!
徐々に体中の細胞が呼応し、反応する。あたしの中を流れる全ての水が奮い立つ。
どうかこの火を、この恐ろしい火を消してっ!!
―― ザアアァァァ!!
湖が突然にざわめきだした。湖水の表面が大きく一部分、ぐうん!と凹む。
そして、まるで炎に狙い定めるように大量の水が降り注いだ。
見えない巨大な手の平が、水をすくって撒き散らしたかのように湖の水が降り注ぐ。
やったわ! これで火が消せる!
―― ジュウゥゥ・・・
水が一瞬で、炎に触れた途端に蒸発した。大量の水全てが瞬時にして儚く消滅する。
そんな!?
「ガアアアァァーー!!」
火の精霊が猛り狂い、真紅の髪を振り乱して咆哮する。
完全に常軌を逸してしまっている! 半人間のあたしの力程度じゃ、太刀打ちできない!
炎の色は青白く変色し、もはや光り輝くようだ。
「ガアァァ! ガアァァー!!」
狂乱と咆哮が鳴り響く。猛り狂って我を忘れた炎の姿。
おそらく、水の精霊の力があるからこうして無事でいられるんだろう。
もしこの場に生身の人間のままでいたならと、考えるのも恐ろしい。
「グガアァァーーーッ!!!」
「やかましいーーーっ!!!」
恐怖心を打ち消すようにあたしは叫び返す。
ま、負けない! 負けられない!
自分で自分の火の始末もできないような奴なんかに、負けてられないのよ!
「危ない! 雫!」
モネグロスの叫び声が聞こえた。
空から巨大な青白い炎の塊が、あたし目掛けて落下してくる。
モネグロスが飛び掛るようにあたしの身を庇った。
あたしの体全体を自分の衣装で包み込むようにして、丸く覆い被さる。
直後に感じる灼熱! 燃え盛る音! 全ての焼ける臭い!
嵐のような激しい空間と時間が続く。何が起こっているのか、まるで分からない。
モネグロスの体に守られながら声にならない悲鳴を上げ続けた。
「う……」
やがて、ぐらりとモネグロスの体があたしの上から離れた。
「モネグロス!!」
倒れこむモネグロスの体を揺さぶりながら、あたしは目の前の光景にゾッとする。
あたし達を中心に、地面が丸く焼け爛れている。
真っ黒に、ううん、暗黒に。
草も土も完全に焼き尽くされ、墨汁のようにどす黒く染まってしまっていた。
「し、ずく」
「モネグロス! しっかりして!」
「大事ありません。衰えても私は砂漠の神。灼熱などに怯みはしませんよ」