(6)
だから娼婦じゃないって何度も言ってるだろうが!! くどいわ!!
こいつらずーっと、今まであたしのこと娼婦だって勘違いしてたのか!?
ガッーッ!っと怒りが頭の天辺まで到達し、到達し過ぎてそのままスコーン!っと突き抜けた。
そしてガックリ、気力が萎えた。
こっちの世界じゃ女性はロングスカートが常識なわけね?
丈が短いと、男を誘う商売だと思われちゃっても仕方ないのね。
じゃああたしって、今まで『娼婦で~す!』って看板ぶら下げてたようなもんなのね?
なるほど文化文明の相違だわ。これこそまさに異世界間の相互理解の壁よ。
誰が悪いわけでもないんだけど。
「ジン…」
「なんだ?」
「近くに衣料品店、ない…?」
着替えたい。切実に。異世界トリップって地味な部分が想像以上に大変。
「娼婦でも、女を城に連れて行くのに変わり無し」
「しつこい! だから娼婦じゃないっての!」
いいわもう。後でゆっくり誤解は解くから。
とりあえず今は、この頭が真っ赤っかな単細胞をなんとかしないと。
「雫は放しませんよ!」
「ここは諦めて退けよ、火の精霊」
「退かぬ。そちらがどうしてもと言うなら力に訴えるのみ」
いきなりゴウッ!という音と共に火の球が飛んで来た。
真っ赤に燃える球体がジン目掛けて一直線に飛来してくる。
ジン! 危ない!
ジンの銀の髪が風に吹かれて逆巻く。
鋭い音と風圧が、火の球がジンに届く前に一瞬で消し去った。
ふたりの間に、風に散った花びらが舞う。火の精霊とジンの視線がしっかりと絡み合った。
「やるのか? 火の精霊」
「言わずと知れたこと」
「できるなら避けたいがな。仲間同士の戦いは」
「否。仲間にあらず。お前は……」
―― ゴオオォォッ!!
火の精霊の全身が赤い炎に包まれた。
「ただの離反者なり!!」
火の精霊の体を包む炎が、轟く球体となってジンに襲い掛かってくる。
ジンの髪と服が一気に風に膨らみ、大きな炎の球は風の唸りと共に勢い良く吹き消された。
次々と飛来してくる紅蓮の球。でもそれを難なく消し去る強烈な風。
爆音の炎と轟音の風の攻防が続く。
目玉を左右に忙しく動かし、その攻防を見守りながらあたしの胸は高揚した。
すごいわ! ジンの風にかかれば炎の球なんて、扇風機の前のロウソクの火よ!
いくらやっても無駄よ! 勝ったも同然!
グッとこぶしを握って勝利を確信するあたしの肩に、モネグロスが手を置いた。
「雫、もっと下がりましょう。ここにいては危険です」
「大丈夫よ! 勝利は目前じゃないの!」
「いいえ、雫」
モネグロスの表情は真剣だった。厳しい目付きでふたりの様子を見ている。
「ジンの方が不利なのです」
「えっ!?」
あたしもふたりの戦いに視線を移した。
消されても消されても襲い掛かる炎。これでもかと言わんばかりに次から次へと、まさに息つく暇も無い。
ジンも負けずに、その身に風を纏い全ての炎を疾風で完璧に打ち消していく。
だけど…。
なんだか、炎の球の数が多くなってる?
それに、球の大きさもどんどん大きくなってきてる?
「消滅せよ! 風の精霊よ!」
火の精霊を包む炎は、ますます勢いを増していく。その真っ赤な瞳までが燃え上がるかのようだ。
そして火の精霊を包む炎の色が変化していく。
暖色の暗い赤から橙色に、そしてもっともっと黄色味を帯びていく。
色が薄くなっているってことは、炎の温度が上昇しているの?
怒りに燃え盛る両目は激しく吊り上る。激情に身を委ね、歯を剥く憤怒の表情はまるで悪鬼のようだ。
な、なんなのこいつ!?
さっきまではあんなに淡々と無表情だったのに、形相どころか人格まで変わってない!?
「これが火の精霊なのです。一度燃え上がると、その勢いは全てを焼き尽くすまで誰にも止められない。たとえ本人でも」
「本人でも?」
本人すら止められなかったらどうするのよ!? そんな無責任な!
「それが炎の恐ろしさなのです。正気を失い燃焼する。焦土と化すまで」
「焦……!?」
「その恐ろしさを自覚しているから、彼らは日頃は必要以上に感情を押さえているのです」
―― ボッ!
あぁ、ジンが炎を消し損ねた! 炎がジンの足元の草を焼き燃え上がる!
「……く!」
ついにジンの顔が苦しげに歪み始めた。