(5)
「…お前の意思は、承知」
「そうか。そりゃ良かった」
「好きに神達と共に滅びるも良し」
火の精霊は相変わらず淡々とそんな言葉を放つ。なんて冷たいヤツなのかしら。火のくせにっ。
「じゃあ、お互い関知せずって事にしよう」
「承知。だが……」
火の精霊の感情の無い目があたしに向けられた。
「その人間の女は別」
え? あたし?
あたしは別って、なにが別なのよ? なんだか嫌な予感がするんだけど。
「風の精霊は好きなようにすべし。だがその人間は王に呼ばれている」
いや、だから! あたしの方にはまったく用が無いんだって! そんな変態に!
「ご招待は丁重にご辞退申し上げます!」
あたしはキッパリ断言した。
そのへんの理由は、あんた適当にみつくろって断っといてよ! お願い!
「お前には辞退する権利無し」
「そ、そんなの横暴よ!」
狂王は確かに王様なんだろうけど、あたしは日本国民なんですからね! 応じる義務は無いわ!
そんな国際常識も理解できない知能程度なの!?
「繰り返す。お前に辞退する権利無し」
「あんたってそこまで狂王の腰ぎんちゃくなの!? 情け無い男ね! 少しはジンの爪の垢でも煎じて飲んだら!?」
「お前を城へ運ぶ命は、精霊の長から下された。従ってその命を守るは当然であり、王の腰ぎんちゃくでは無し」
基本的にこいつ、あたしが言った事をまるっきり理解してないわね!
それが腰ぎんちゃくだっつーのよ!
「ゆえにお前を連れて行く」
「おい待てよ」
再びこちらに向かって歩き出した火の精霊を、ジンが制した。
「今言ったよな? お互い関知せずと」
「お前は好きにすべし。だが女は別」
「悪いが、別じゃないんだよ」
「お前は人間達を放棄した。ならその女もそうすべし」
「雫は違う。オレは雫を放さない」
―― ドキン
その言葉になぜかあたしの心臓が強く鼓動を打った。
「雫は他の人間達とは違う。オレにとって雫だけは特別なんだ」
―― ドクン
あたしの心臓がまた強く鼓動を打ち、あたしは心の中で密かに戸惑った。
「その希望、こちらは受け入れられず」
「そっちの都合なんか知ったことじゃないんだよ」
「なぜその女を庇うのか?」
感情の篭もらない火の精霊の声に、少しだけ疑問が含まれた。
「そのような、男に体を売る商売の女を」
「ちょっと!! 誰が誰に体を売ってるってえ!?」
あたしは目を剥いて反論した。
いきなり何言い出すのよあんた!! なんであたしがそんな商売してる事になるのよ!?
あたしの仕事はね、れっきとした営業一課の事務係です!! 売ってるものの物体が違うわよ!!
それがどこでどう間違えば、そうなるのよ!?
「騙そうとしても無駄なり。お前の服装を見れば、全て明白」
「はあ!? 服がどうしたって!?」
「そのような、脚を丸出しにして男を誘う服装を見れば、明白」
……。
丸出しって、普通の膝丈の事務スカートでしょこれ!
パンツがギリ見えのミニでもあるまいし、こんなんで商売女のレッテル貼るつもり!? この短絡思考が!
「隠し立てをしても無駄なり。娼婦よ」
「娼… だから違うって何度言えば分かるのよ!」
「その口を噤みなさい火の精霊よ! それ以上言うと私が許しませんよ!」
「そうだ! 雫を侮辱するな!」
あたしの声に重なるようにモネグロスとジンも大声で加勢してくれた。
そうよ! 言ってやってよこのバカ単細胞に!
「雫が娼婦で何がいけないのです!?」
「そうだ! 雫は元の世界で、娼婦として口に出せないほどの辛い人生を必死に生きてきたんだぞ!」
……。
ちょっと、あんた達?
応援の方向性がズレてる気がするんですけど?
「雫が懸命に隠す悲しい事実をわざわざ暴き立てるなど、なんと無体な事を!」
「男として恥を知れ火の精霊!」
火の精霊を怒鳴っていたふたりが力強く微笑みながら、揃ってあたしの方を向いた。
「雫、安心なさい。雫が娼婦である事は、とうに気付いていたのですよ」
「ああ。でも心配するな。娼婦だなんてオレ達は全く気にしちゃいないさ」
「たとえ娼婦であろうと、雫は我らの大切な仲間です!」
「その通りだ雫! たとえ娼婦であっても何も恥じることはない!」