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(4)

「愚かなり。人間の女よ」

「……はい?」

「それはしょせん事情を知らぬ、異世界の者の浅知恵なり」


 ……バカにされてしまった。

 しかも、無表情かつ極めて冷静にバカにされたわ。


「そうか? オレはなかなか前向きで良い意見だと思うが?」

「風の精霊よ、王と人間達をあなどるなかれ」

「あなどる?」

「偉大だった神達の現状を見ろ。人間は、その気になれば我々精霊や世界を破壊できる力を持っている」


 ジンが不機嫌そうに腕を組んで黙り込んだ。

 きっとこんな会話が、他の精霊達とも何度も繰り返されたんだろう。

 やっぱり精霊達は、長を筆頭に全員が人間を恐れているのね。


 人間による世界の破壊、か。

 あっちの世界でも、自然破壊のせいで地球はけっこう大変な事になっちゃってる。

 ならこっちの世界でもそれは可能なんだろう。

 精霊達が抱いている恐怖は、決して非現実的な事じゃないんだ。


 滅ぼされるぐらいなら服従する。それは臆病な事なのかもしれない。

 でもこうして冷静に考えてみれば、選択肢のひとつではあるのかもしれない。


「だから長の命に従い、人間達に寄り添って生きるべし」

「うんそうか。良く分かった」


 あっさりそう答えたジンに、あたしはギョッと目を剥いた。


 ちょっとジン! いくらなんでも主義主張の翻意が早過ぎない!? 

 あんたがそっちの側につくって事は、モネグロスとアグアさんを見捨てる事になるのよ!?

 ジンったら、仲間の顔を見て里心がついちゃったのかしら!?

 もう! これだから男ってのは、いらない時に急にセンチメンタルになるから厄介なのよ!


「ならば話は早い。その人間の女を連れて、早々に城へ行くべし」


 火の精霊がこっちに向かって歩き出して、あたしはギクリとする。


 狂王の所へ連れて行かれるなんて嫌よ! 絶対、ろくでもない事になるに決まってる!

 そういう暴君は、すごく女好きって相場が決まってるし。

 異世界の女って物珍しさでハーレムとかに突っ込まれたら一生出られないかも。

 ヘタすりゃ生き血とか啜られかねないわ!


「おいおい火の精霊よ、先走るなよ」


 ジンの言葉に火の精霊の足がピタリと止まった。そして無表情のままジンを見る。


「なんと?」

「勘違いしてもらっちゃ困る。オレは、お前達の考えが分かったと言っただけだ。それに対して賛同するとはひと言も言ってないぜ?」


 ジンは飄々とした態度で、すっとぼけたようにそんな事を言い出した。


「お前達はお前達で好きに生きろ。こっちはこっちで好きにやるから。そっちの邪魔はしないと約束する。だから…」


 一転して、とぼけた声のトーンが低くなる。


「オレの邪魔も一切するな。分かったな?」


 あたしの胸に明るい光が射して、爽やかな風が吹く。

 もう、心配しちゃったじゃないの! なによぅカッコつけちゃってさ!


 モネグロスは口元に微笑を称え、ジンを見守っていた。

 信じていたのね。ジンの心の内をちゃんと理解していたんだわ。

 男ってのは時に厄介だけど、男同士の友情っていいもんだわね! ちょっと感動だわよ!


「精霊の側から離反し、神の側へつくと言うか?」

「ああ。オレはな、風なんだよ。自由の象徴さ。だから誰の指図も受けない。己が望む方向へ吹くのみだ」


 ジンの銀色の髪が風に吹かれ、ふわりさらりと心地良さ気に揺れている。


「人間との共存は望まぬと?」

「共存は別にかまわない。だが今の状況は、ただの依存とおもねりだ」

「そうしなければ生き延びられぬとしてもか?」

「媚びへつらうのはまっぴらごめんさ」


 ジンは肩をすくめて首を横に振る。


「嫌なものは嫌だし、好きな方へ吹く。それが風なんだよ」


 揺れる銀の髪。強い決意を湛えた銀の瞳が気高く強く輝いている。

 大勢の仲間から、たったひとりでの離反を決意したジン。

 本当はとても心細いのかもしれない。きっと悲しい思いを抱えているだろう。

 それでも自分の選んだものを守り通そうとしている。

 モネグロスとアグアさんと、自分自身の誇りを。


 その姿は、まるで意思を持った美しいナイフのように見えた。


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