(2)
「あ、あたしここで留守番してるわ! いってらっしゃい頑張って!」
その場にペタンと正座して、あたしは右手を振った。
モネグロスが慌ててあたしの前に座り込み、手をギュッと握る。
「し、雫! いいえ私は決してそんなつもりでは!」
「ううん、いいの! これが最善の方法だわ!」
あたしを置いて行くのが一番の得策よ。
大事なプロジェクトを前に、不安要素を抱えたままじゃ失敗する確率が跳ね上がる。
だからどうかそんなに気を使わないで。
「不安要素だなどと! 雫は我らの大切な仲間ですよ!」
「ありがとうモネグロス」
モネグロスが真摯な表情であたしの手を強く握った。あたしもその手を強く握り返す。
そりゃあ、元の世界に戻れるかどうかが懸かってる問題だもの。
あたし自身も行けるものなら一緒に行きたい。言い出した責任も、モネグロスをけし掛けた責任もあるし。
でも足手まといの事実に変わりは無い。
「モネグロスの気持ちだけで充分よ」
「共に行きましょう雫! 雫も安全に潜入可能な方法を探しますから!」
モネグロスがジンを振り返った。
「きっとジンが良い手立てを考え出してくれますよ!」
「またオレかよ」
やれやれとジンが軽く頭を振った。
「だが雫、実際お前には着いて来て欲しい」
「え? あたしに? どうして?」
「それは……」
「王がお前と会う事を望んでいるゆえだ」
……誰!?
突然、第三者の声が聞こえた。
声のした方向に、いつの間にか赤と緑のふたつの影が並んでいる。
それは人間とは異質な、でもとても自然な存在感を持つふたつの影達だった。
この感覚は、精霊? きっと精霊だ。
片方は燃え上がるような真紅の髪と、同色の瞳。
雄々しく、猛々しい顔つきの長身な赤い精霊。
もう片方は濃い緑色に少し茶が混じった、豊かな長い髪。
とても小柄で幼い顔立ちの、まるで子どものような緑の精霊。
その精霊達は少し離れた場所でこちらを見ていた。
赤い精霊は動じない様子で、威風堂々と。
緑の精霊はジンと赤い精霊を見比べながら、落ち着かない様子で。
「火の精霊と土の精霊か」
「風の精霊よ、王と長の命によりお前を迎えに来た。おとなしく我等と共に来るべし」
ジンは何も答えずに黙ったままだ。
両者の間に流れる緊迫感で、これが友好ムードじゃない事がハッキリ分かる。
精霊達の中でジンに協力してくれる者はもう誰もいないはず。
じゃあやっぱりこのふたりも敵側?
「どういう事だ?」
ジンが静かに問いかける。
「狂王がこいつに…雫に会いたがっているとは、どういう事だ?」
え? 狂王があたしに会いたがってる?
あ、そういえばさっき、何かそんなこと言ってたわね!
や、やだ! なんで狂王みたいな変質者があたしに会いたがるのよ!?
「王はその人間に興味が有り。理由は不明」
「なぜ狂王が雫の事を知っているんだ?」
そ、そうよ! まだ会った事も無いんだから知ってるはずないのに!
その得体の知れない不気味さが、さらに変質者パワー全開だわ!
「大地はどの世界とも繋がっているゆえ」
「あぁ、そうか。土の精霊か」
「土を通して、お前達の動向は全て承知」
ジンが土の精霊を見た。
少女のような土の精霊が、オドオドと顔を逸らして視線を避ける。
「風の精霊よ、我らと共に城へ行くべし。その人間の女を連れて」
火の精霊が赤い瞳であたしを見る。そのなんの感情も見えない表情にあたしはゾッとしながら叫んだ。
「絶対嫌よ! 城へ行くなんて!」
あ、いや、城に行く事自体は別にいいのよ。これから行こうとしてたところだったし。
ただ、狂王の所に行くのが嫌なのよ! しかもあんた達と一緒なんて絶対に嫌!
わざわざ変態の顔を見に行くほど、あたしは暇でも物好きでもないわ!
「雫は絶対に渡しませんよ! 私はもう二度と、大切なものを手放しはしない!」
そう叫んだモネグロスが、あたしを庇うように抱きしめる。
「どうしてもと言うなら、私も連れて行きなさい! 私は王に話があるのです! さあ、城まで案内しなさい!」