(8)
「命令すれば大丈夫なんじゃなかったの!?」
「どうやら向こうも、私の存在をすっかり忘れているようです」
「……」
「その、なにぶん知能が低いので…」
この似た者コンビはぁぁ!
どーしてくれるのよ!? このままじゃあたし、排除されちゃうじゃないの!
「モネグロス、雫、見ろ!」
ジンが前方を指差しながら叫んだ。
「森の人間の国への入り口だ!」
人間の国への入り口!? ど、どこ!? どこにあるの!?
急いで見渡してみたけれど、それらしい物は何も見えない。広大な砂漠が遥かに広がるばかりで…… ん?
目を凝らしたずっと向こうに、何か異物が見える。透明な、小さな球体?
透き通った球体の中に歪んだ何かが見えている。あれはなに?
「あれが人間の国です!」
「え!?」
「あの球体から人間の国へ行けるのです!」
じゃあ、あの歪んで見えるのが人間の国の景色なの!?
あそこへ行けさえすればいいのね!?
皆の注目が球体に集まって、つい番人から意識が逸れてしまった。
ハッと気がつくともう番人の巨大な腕が頭上まで迫っている。
―― バギィッ!!
派手な音を立てて、マストが一本真っ二つにへし折られてしまった。
破壊された巨大な木材が真っ直ぐ倒れ落ちてくる。
あたしとモネグロスのいる場所に!
迫り来る物体を見上げながら、心の中で悲鳴を上げる。
とっさの出来事に体が動かない。
マストが自分に向かって落ちてくるなんて非常事態に、頭と体がついていかない。
もうダメだ! 下敷きにな……!
モネグロスとあたしの体が、すさまじい突風に吹き飛ばされた。
ふたり揃って板張りに激突する。
ごぅん、と頭と体に衝撃が走り、目から火花が出た。ううぅ~!!
ほぼ同時に、あたし達の倒れる場所からわずかにズレてマストが床上に落下する。
凄い音と振動に内臓が縮み上がった。 ひいぃっ!?
マストが激突した重みで床が大きく割れてバッキリ凹んでしまっている。
た、助かった。
「済まない! お前達を動かす方が手っ取り早かった!」
「い…いいの。ありがとうジン」
痛みに顔を顰めながら腰に手を当て、ヨロヨロなんとか起き上がる。
その間にも、ジンは暴れまくる番人の攻撃を見事な風さばきで回避する。
でもその度に船は上下左右に大きく揺れまくる。とてもじゃないけど立っていられない!
尻餅をつき、モネグロスと一緒に床の上を転がる。
「モ、モネグロス、大丈夫!?」
「雫、船を……!」
船の激しい動きに体を翻弄されながらモネグロスがあたしに向かって叫んだ。
船!? 船をなに!?
「船を入り口に向かって走らせろ! 番人はオレが何とかする!」
ジンが大声で叫んだ。
なんとかするってどうするのよ!? それに第一…
「あんたを置き去りになんてできないわ!」
「心配するな! オレも一緒に行く!」
叫んだジンの体が忽然と消えた。ジン!? ジンどこ!?
次の瞬間、鼓膜が痛むほどの鋭い音をたてて疾風が吹く。
番人の手足が千々に切り刻まれ、四方に砕け飛んだ。巨大な体が大きな振動と共に盛大に倒れこむ。
すごい風の威力!! ジンすごいわ!!
と喜んだのもつかの間、番人の両手足がみるみる再生していくのを見て、あたしは愕然とした。
「番人の体は砂で出来ています! 切り刻んでもすぐ元通りになるのです!」
「そ、そんな便利な!」
「ええ! 私、再生能力だけは自信を持って創り込みましたから!」
この状況でなに自慢してんのよ! まったく、いらないとこだけ手の込んだ細工して!
マッドサイエンティストかお前は!
『雫! 再生し切らないうちに船を!』
ジンの声が空中に響いた。そ、そうだ! 船、船!
あたしは手の平で思い切りバンバン床を叩き付けた。
「船さん! 聞こえる!? お願い走って! あの球体に、森の人間の国に向かって全速力で走って!」
でも船が応答しない。いくら呼びかけてもウンともスンとも反応が無い。
まさか目ぇ回して気絶しちゃってる!?
モネグロスの創る物って、なんでこんな不必要に生々しいのよ!?