(7)
なに!? なにー!? 体が吹っ飛ばされるーー!
と思った瞬間、ジンがとっさにあたしの手首を掴んでくれた。
強く握られた手首と腕の付け根が、外れそうに痛む。
船は横倒しの体制のまま勢い良く砂に激突しそうになった。
「きゃあああーーー!!」
ジンの銀の髪がザアァ!と逆立った。
足元から強烈な風が渦巻き、服が風をはらんでバタバタと音をたてる。
体が吸い上げられそうな強烈な風が顔に当たって、息ができない。
その風に助けられ、ぶわりと船体が浮き上がる。
横倒し状態からなんとか正常な体制に戻った。
そしてズウン! と砂地に船底が叩き付けられた反動で、あたしは今度こそ床にスッ転んでしまった。
痛…。な、何が……?
顔を顰めながら上体を起こし、慌てて状況を確認すると、すぐそばでジンがふわりと宙に浮いていた。
ジンの視線を辿ると、船の前方に砂丘がこんもりと盛り上がっている。
あれにぶつかったのか。でも今まで平坦な砂地ばかりだったのに、何でいきなり?
「いきなり何事ですか!?」
モネグロスがおでこに手を当てながら、船室から飛び出してきた。
「モネグロス、大丈夫だった!?」
「床に放り出されて目が覚めました! 何事です!?」
「あれだ」
ジンが砂丘を指差した。それを見たモネグロスが、あっと声を上げる。
「あれは!」
「なに? あれはなんなの?」
「以前に私が作った、番人です!」
「番人? なにそれ?」
「聖域に人間が不用意に入り込まぬように、番人を配したのです」
おでこを撫で摩りながら、モネグロスが思い出したように言う。
「しかし作った時より一度も会っていないので、存在をすっかり忘れていました」
「あんたねぇ……」
文句を言おうしたら、砂丘がどんどん盛り上がっていくのが見えた。
みるみると小高い山のように、あっという間に船の大きさを遥かに上回るほどの大きさになる。
あ……あぁ……。
あたしは恐怖と共に呆然と砂山を見上げる。
ざああっと山の天辺から砂が大量に流れ落ち、中から番人の姿が現れてきた。
ついに全容を現した番人の姿は、まさに巨大な…
巨大、な……。
はにわ?
これ、もろに「はにわ」だわ。
のぺっとした凹凸の無い全身と、見事に省略化された単純な手足。
そして顔の部分は、両目と口がぽっかり開いた丸い穴みっつ。
可愛いといえば言えなくもない。けど、モネグロスのセンスってすごく微妙なラインかも。
そのはにわ君が、あたし達に向けて無表情にゆっくりと右手を上げた。
あら意外と愛想良しね。挨拶してくれるのかしら、と思ったら。
ものすごい勢いで、その手を船めがけて振り下ろしてきた。
ちょ、危な……!!
ジンの突風が巻き起こり、船が宙に浮いて後方に移動する。
番人のぶっとい腕が空振りして、間一髪で叩きのめされるのを免れた。
「あ、危な! なにこのはにわ君、完全に戦闘モードじゃないの!?」
「番人は、無条件に人間を排除するように作りましたから」
「人間? 人間って…」
モネグロスとジンの視線が、一気にあたしに集まった。
……あたしかっ!!?
冗談じゃないわよ! はにわに排除されるいわれは無いわ!
確かにあたしは人間だけど、一応水の精霊の仲間でもあるのよ!
「そこらへんをちゃんと認識させてよ!」
「それは無理です。あの番人には、そこまでの知能はありませんから」
「なんでそんな中途半端に作ったのよ!?」
「複雑な思考が可能な物は、製作に非常に時間がかかるので」
「で!?」
「あの、途中で、面倒くさく、なりまして」
「おーまーえーはぁぁ!!」
あたしはバツの悪そうな顔をしているモネグロスを、青筋立てて怒鳴りつけた。
「始めた仕事は、最後まで責任をもってやり遂げなさい!!」
なんでこんな、新入社員へのお説教みたいな小言を言わなきゃなんないのよ! 神様相手に!
「で、でも大丈夫ですよ! 安心してください!」
「何をどう安心するのよ!?」
「創造主たる私が命令すれば、番人は消え去りますから!」
「じゃあ早く命令して! あたしを排除する気満々の、あのはにわ君を退去させてよ!」
モネグロスは船の縁に近づき、両腕を大きく広げて、番人に向かって厳粛な声で語りかける。
『砂漠の番人よ。我の名はモネグロス。そなたの創造主たる砂漠の神の命を聞…』
―― ブウン!
最後まで聞かずに、番人はまた手を振り上げて攻撃してきた。
ちょ!? どういう事よ!? 話が違うじゃないの!?
ジンの守りの風が船を浮かしギリギリ攻撃を避ける。
叩きつけた番人の腕が激しい砂埃を舞い上げて、周囲の視界を黄一色に染める。
大量の砂を浴びて、あたしもモネグロスも激しく咳き込んだ。