(3)
相変わらず他の場所には一滴も降っていない。あたしの半径1メートル分だけの降雨。
誰かが手の込んだイタズラをしてるのかと思ったけれど、なんの仕掛けもまったく見当たらないし、普通に空から雨が降っているだけ。
こうなるとさすがに恐怖心が湧いて来る。
あたしは大慌てて雨のスポットライトから逃げ惑った。
これって本当に自然現象? どっちかっていうと怪奇現象じゃないの?
ちょっとやめてよ! よりにもよって、今!?
取り憑くにしたって、これから死のうとしてる人間選んでどうすんのよ!
生きる人間に取り憑いた方が利益があるでしょ!
どこの妖怪だか知らないけど、ずいぶん鈍くさい妖怪ね! 要領悪すぎ!
あっちへ行ってよ! 邪魔!
その心の声に応えるように、ボツン!っと一際大きな雨粒が頬に落ちた。痛っ!
いや、実際は痛いわけじゃないんだけど、思わずそう言いたくなるほど大きな雨粒だった。
んもういい加減にしてよ! さすがに全身ずぶ濡れだし!
どこが神様のプレゼントよ! 他の人は平気なのにあたしだけがずぶ濡れなんてイジメだわ!
どこまで人の人生を愚弄すれば気が済むの!
さっき感謝した神様に悪態をつくあたしの頬に、さらに大きな雨粒が…
―― ボツン! ボツン! ボツボツボツン!!
連発連打で襲い掛かってきた。まさに、襲い掛かってくる勢い。
もう雨粒の巨大さも尋常じゃない! 大人の拳ほどの雨粒ってどういう事なのよ!?
巨大な雨粒が切れ間無く天上から落下して本当に痛みを感じてきた。
だってハンパ無い勢いなんだものこれ!
もはやスコールみたいな、凄まじい強さと勢いと雨量。
スコールって言葉の語源は古スカンジナビア語の『叫び』って説が有力らしいんだけど・・・。
たぶんその説で正解! もう本当に悲鳴を上げて叫びまくりたいほどだ!!
猛烈な勢いの滝の水を頭から絶え間なく浴び続けているような状態。
水圧がものすごくて、とてもじゃないけど立っていられない。
がくりと膝が折れ、その場に蹲ってしまった。
痛い、痛い! 全身が雨に叩きつけられて痛い!
水に顔が覆われて呼吸が出来ない! く、苦しい! 誰か!
あたしは心の中で助けを呼んだ。
お父さん、お母さん。
職場のみんな。
友人達。そして…
あぁ、あなた…。どうかあたしを助けて……。
『……けて』
何かが、聞こえた。
激しい水音に掻き消されそうな、か細い音が。
『すけて…』
なに? なんの音?
『…助けて』
これは、人の声? 誰かが助けを求めている?
『どうか助けて』
明瞭にその声を聞き取った瞬間。
あたしは全身が分解されるような不快感を感じて、瞬時に意識を失った。