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(4)

 ジンはしょっちゅう姿が見えなくなった。実体化を解いて風になり、砂漠を自在に駆け巡っているんだろう。

 あたしはもうすっかり、ジン特有の風の気配を肌で感じて覚えてしまった。

 自由気ままで、どこか勢いの良い鋭さがあり、でもおおらかで真っ直ぐで。


 なんて言うのか……そう、気分爽快! そんな感じ!

 そんな彼の風のお陰か旅路はとても安定していて、その点はとても快適だった。


 時折、見上げるほどの高い高いマストの上に、ジンが腰掛けているのを見かける。神の船と会話しているようだった。

 どうやら、アグアさんの事を心配している神の船を懸命に慰めているみたい。

 そんな時は決まって、神の船から穏やかな安らぎのような感情が伝わってくる。


 マストの上で風に靡く銀の髪が、灼熱の光に反射して見事にキラキラと輝く。本当に綺麗。

 夢のようなその美しさと優しげな微笑を見るたび、あたしは心の奥がほっこりと温かくなった。


「雫、死ぬぞ。ほら早く食べろよ」


 ジンはいつも両腕に山ほど果物を抱えて、心配そうにあたしに押し付けてくる。

 眷属の種類やランクによっては食べ物も必要らしく、そのため貯蔵室にはこの世界の果物がたんまりと積み込まれていた。


「そんなにたくさん食べられないわよ」

「いいから食べろ。死んだらどうするんだ」

「だから、死なないって」


 しつこいくらい食べろ食べろと言うジンに、あたしはいつも根負けする。

 お礼を言って、薄桃色のすもも位の大きさの可愛い果物をひとつ手に取り、齧った。

 シャリン、と心地良い音が響き、サックリした歯ざわりと共に果汁がじゅわぁっと口の中に溢れる。

 まるで水を飲むようにたっぷりとノドを潤す異世界の味覚。

 濃厚で芳醇な香りは熟成したワインに近い。一瞬、眩暈を覚えるほどだ。


 つい夢中になって味わうあたしの姿を、ジンは珍しそうにシゲシゲと眺めている。

 実は彼はあたしと出会うまで、人間とはほとんど接触が無かったらしい。

 だからあたしの一挙手一投足が気になって仕方ないらしく、自然とあたし達は一緒の時間を過ごすようになった。


 黄金に輝く砂漠を見ながら、とりとめの無い会話をぽつりぽつりと交わす。

 笑ったり、驚いたり、困惑したり、たまにお互い怒ったり。

 それこそ風のように生き生きと表情を変えるジン。

 変哲の無い旅の時間の中で、ジンとの時間と銀色の美しい瞳の輝きが、次第にあたしの心の癒しとなっていた。


「雫、すまなかった」

 そんなある日の事。

 いつものように甲板で会話している時に、突然ジンがあたしに向かって謝りだした。


「な、なによ突然?」

 あたしは面食らう。

 あんたがあたしに謝る事なんてないじゃない。

 どっちかっていうと、あたしの方こそ色々謝罪しなきゃいけない気がするんだけど。

 深い事情も知らずに、勢いに任せてモネグロスを引っ張り出しちゃったりとか。


「何を謝ってるの?」

「オレはな、正直言って人間に対して偏見を持っている」


 真正面からキッパリ言い切られて、あたしは返答に困った。

 正々堂々と「偏見を持っている」って断言されて、さてどうすりゃいいのか。

 ここって怒るべき場面?


 でも、あぁやっぱりそうかって気持ちの方が大きい。

 最初に出会った時から、妙にちくちくチクチク刺さってたのは気のせいじゃなかったんだ。

 持っている、か。

「持っていた」って過去形じゃないって事は、現在進行形なわけね?

 まだしっかり偏見があるんだ。


 無理もないのかもしれない。

 ジンの立場からしてみれば、悪いのは全部人間だものね。

 こんな最悪の状況を作った諸悪の根源に対して、恨みつらみも苦情も偏見も、そりゃあ持ちたくもなるでしょうね。

 ま、あたしは一切関与してない事だけど。


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