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砂の海からの船出(1)

「風の…いや、ジンよ。なかなか良い心持ちでしょう? 自分の為だけの名というのも。嬉しいですか?」

「うるさいな、別に嬉しくなどない! 何かくすぐったいだけだ!」

「そうですか。くすぐったいのですか。それは良かったですねぇ」


 ニコニコしているモネグロス。

 その表情を見て逆にイライラしてるジン。

 なんだ、機嫌が悪いんじゃなくて照れくさかったのね。ふふ、ちょっと可愛いとこあるじゃない?

 これで少しは、個別の名前の味わいってのを理解してもらえたかしら?


「一緒になってニヤニヤ笑うな! ったく…。行くぞ」

「どこへ?」

「お前が狂王の城へ行くと言い出したんだろうが!」

「いや、言ったは言ったけど」


 今これからすぐ行くの? 気が早いのね。

 まあ、善は急げというからそれがいいのかもしれない。

 でもどうやって? 何度も言うけど、あたしは実体化を解けないわよ?


 あんた達みたいに自力で空は飛べないし。虹の滝の橋も、もう消えてしまったし。

 だからといって、砂漠の中を延々歩いて旅するなんてのはご免被るわ。

 いくら水や風の力があるといっても、この砂漠の灼熱感はケタはずれなんだから。

 旅の終着地に到達する前に、人生が終着してしまう。


「モネグロス、船を出せるか?」

「ええ、大丈夫です」


 はい? 船? 


「神殿はだいぶ崩壊しましたが、船はまだ無傷です」

「そうか。それは幸運だったな」

「それでは急ぎ船着場へ向かいましょう」

「あぁ」


 船? 砂漠に、船??


「雫、行くぞ」

「ちょ、ちょっと。船? 船って言った?」

「ああ、そうだ」

「こっちの世界じゃ船は砂の上を走る乗り物なの?」

「そんなわけないだろう」

「じゃ、なんで?」

「口で説明するのは厄介なんだ。とにかく行くぞ」


 ジンがそう言ってあたしの腕を引っ張った。

 また説明は後回し? こいつ、ひょっとして単に面倒くさがりな性格なだけなんじゃないかしら?


 全員ズカズカと急ぎ足で神殿の中を進む。

 静かで薄暗い建物の中に、あたしの甲高いヒールの音が反響した。


「うるさい履物だな。歩きにくそうだし」

「悪かったわね」

「なぜそんなに踵が細く尖がっているのです? それは武器なのですか?」

「武・・・ま、まぁ状況によってはそうなり得るけど」

「そうか。力を持たない人間、特に女にとって武器は大事だからな」

「履物と護身の武器が同化しているのですね! なんと便利な物でしょう!」

「雫の世界の靴職人は合理的だな。たいした発想だ」


 …妙な形で絶賛されてしまった。

 世界が変わるとヒールも武器になるのね。

 確かに、普通に生活するのに高いヒールなんて別に必要ないんだし。こんなのジン達から見れば、ただの凶器なんだろうな。


「着いたぞ」


 あたし達は船着場に着いた。船着場っていっても、ただっ広~~い空間に砂ばかり。

 でも、確かにそこに船はあった。


 おぉ、立派な船ねぇ。あたし、こんなレトロな木造船って初めて見るかも。

 それこそ冒険小説の主人公達が、大陸を出発する時に乗り込む「希望の船」って感じ?

 うん、雰囲気でてるわねぇ。


 そんな暢気な事を考えながら、砂の上に堂々と佇む大きな船を見上げた。

 滑らかなフォルムの船底が、ずっと向こうまで続いてる。

 全長何メートルあるのかしら。

 高々としたマストに張られている、横型や縦型の真っ白な帆がいかにも『船!』って感じだ。


 帆があるって事は、やっぱり実用性があるのかしら。

 単に神様の儀式用とかインテリアとかで置いてるわけじゃないのかな?

 でもオールは見当たらないみたいだけど。


 のんびり観察していたらジンに急かされて、あたしは船に乗り込んだ。

 乗ったは良いけれど…。


 で? これからどうするの?


 砂地の上にデーンと居座り、微動だにしない船の上。まったく動かないじゃないのやっぱり。


「どうすんのよ。何だかすごく自分が間抜けに思えるんだけど」

「ここからオレとお前の出番だ。船を動かすのに必要な物は?」

「重油」

「……?」

「あ、ごめん。えーっと、水と風?」

「そうだ」

「あ……」


 水と風。あたしとジンだ。


「さあ、船を動かすぞ。お前の力を貸してくれ」


 ジンは見るからに上機嫌そうに言った。


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