(8)
だからこそよ。
神様に会いさえすれば事情は好転するかもって思ってたけど。
その神様本人がこの様子なんだもの。
「ねぇモネグロス。力を取り戻せたら、あたしを元の世界へ戻せる?」
「私だけの力では無理かもしれませんが、他の神も協力してくれるなら」
よし! 決まった!!
やっぱり一番の近道は、神に力を取り戻させる事だわ。
その為には森の国へ行って、狂王のネジの曲がった頭を何とかしないと。
「…どうやってだよ?」
「あんた言ったじゃないの。火種が必要だって」
「あぁ。確かに」
「あたし達がなるのよ。その火種に」
精霊たちはみんな不満を持ってるんでしょう?
人間達だってそうよ。圧政の下で満足してる国民なんていないわ。マゾじゃあるまいし。
今にも不平不満が爆発寸前なはず。
あたし達がアグアさんを奪還すれば、精霊達も奮起するわ。人間達もきっと立ち上がる。
そうすれば、この世界の神や精霊の力が取り戻せる。
そうなったらこっちのもんよ。
国王ったって、しょせんただの人間だもの。神様の指シッペひとつでコロンと引っくり返るわ。
指シッペくらい自衛権として認められるでしょ?
「そううまく事が運ぶか?」
「運ぶわよ。あんた大塩平八郎の乱を知らないの?」
「知らねえよ」
「大塩平八郎は火種になったのよ。彼の死後、火種は大きく燃え上がったのよ」
あたしは死ぬつもりは無いけどね。
でも、きっかけは必要だわ。どうしても。
「いやしかし、モネグロスを狂王の元へ連れて行くなんて危険な事は…」
―― ドォンッ!
風の精霊の言葉は、再びホールを揺るがす大きな振動音に掻き消された。
天井からパラパラと崩れた建材の破片が落ちてくる。
「こんな所に置き去りにする方がよほど危険よ。そう思わない?」
「う……」
「風の精霊よ、私は行きます」
「モネグロス!?」
「私はアグアに会いたい。愛しの君に会いたいのです」
モネグロスはあたしのハンカチをぎりりと握り締め、強い決意の篭もった両目で凛と宙を見据える。
「アグアは私の全てです。この手で取り戻したい」
「モネグロス、しかしだな」
「アグアよ、私は目が覚めました! 今そこへ行きます!」
「よく言ったわ! それでこそ男よ!」
相変わらず顔色悪いし、目の下のクマは真っ黒だけど、今のあんたは立派な男だわ。
そうよ。あんたは、男のグズカス狂王なんかに負けちゃだめなのよ。
他人の愛をぶち壊すようなヤツに負けちゃだめ。
そんな裏切り者で恥知らずな害虫を、このまま放っておいてはだめよ。
正義は行われなきゃならないのよ、絶対!
「あたしも風の精霊もついてるわ。心配しないで」
「おい、勝手に決めるな」
「なによ、あんたモネグロスを見捨てるの? あんたも裏切り者なわけ?」
「違う! そうじゃなくて、なんでお前が仕切るんだって聞いてるんだよ!」
「あんた達男共が頼りないからでしょ」
家庭内も社会も、裏方で女が仕切らなきゃうまく回らない。
これってどこの世界も共通なのね。女はいつでも苦労させられるわ。やれやれ。
「どうやって城に入り込むんだ? どうやってアグアの居場所を探す?」
「そこら辺の現実的な問題は、全部あんたに一任するわ」
「……おい」
「だってあたし、こっちの世界の事情なんてまるで知らないもの」
そのあたしが作戦なんて立てられるわけないでしょ?
そんな理屈、ちょっと考えれば分かりそうなもんじゃないの。やっぱりダメねぇ、男って。
風の精霊はあたしにクルリと背中を向けて
「これだから人間ってのは…。いや、これは単に、こいつ固有の特性か?」
とか何とか、ぶつぶつ言ってる。
「ちょっと風の精霊…って、いちいち呼ぶのも面倒くさいわね」
「面倒くさいとは何だ!」
「あたしが名前を付けてあげる。『ジン』って名はどう?」
「はあ? 名前だと?」
子どもの頃に読んだファンタジー小説の登場人物に、ジンって名前の風の精霊がいたの。
すごく強くて、とても仲間思いのカッコイイ精霊だったのよ。今でもよく覚えてるわ。
「ね、あんたにピッタリの名前でしょ? どう?」
「……」
「気に入らないかしら?」
「別に。好きに呼べばいい」
「じゃあ、あんたは今から『ジン』よ。よろしくね、ジン」
ジンは何だか機嫌悪そうに、プイッと顔を横に背けた。
うーん、やっぱり気に入らなかったかしら。それとも名前で呼ばれるのが、慣れなくて嫌なのかも。
でもこれからずっと、いちいち「風の精霊」って呼び続けるのも、なんかねぇ。