(6)
うーん、それってつまり。
お相撲さんが三歳児相手に本気で張り手を返したら、世間は大騒ぎになる。
って事と同じような意味かしら。
そうよね。世の中、何をしても良いわけじゃないわ。
やって良い事と悪い事の区別はつけなきゃ、取り返しがつかなくなる。
「良識ある大人は、それをわきまえなきゃならないのね」
「そうだ」
「だからこそ、お互い相手を裏切るような行為をしてはいけないのよね」
「その通りだ」
「ましてや、長い間愛情を捧げてくれた相手を」
「あぁ。神はずっと人間を愛し続けてきた」
「なのにその相手を捨てて、ほんの短い付き合いの方を選ぶなんてっ」
「国王などより、神の方がよほど重要な存在なのにっ」
「自分達の欲望を最優先して、これまでの全てをぶち壊しにするなんて!」
「それがどれほどの大罪かも理解できない愚か者だ!」
「許せない! 人間として最低よ!」
「お前の言う通り、狂王や人間共は最低だ!」
「下劣で卑怯者! 裏切り者の人非人!!」
「まったくだ!!」
「そして汚らしい淫売と浮気者!!」
「……淫売と浮気?」
……あ。
い、いけない。つい頭に血がのぼって、自分の状況と完全に重ね合わせてしまったわ。
でも話を聞いてると、どうにも胸の傷が激しく疼いて仕方ない。
とても他人事とは思えないわ。
「そ、それでアグアさんはどう関わってくるの?」
冷静になるために、もう一度話題を転換する。
モネグロスの愛する精霊。彼女は今、こんな危機的状況でいったい何処にいるの?
「狂王の手は、精霊にまで及んだんだ」
風の精霊が険しい表情で吐き捨てる。
「火の力や水の力、全ての精霊の力を自分達の思うがままに操ろうとしたんだ」
「アグア…」
モネグロスの両目がうるりと潤みだす。はい、ちょっと待って待って~。
とりあえずあたしはポケットからハンカチを取り出し、モネグロスの手に押し付けておいた。
話の要点が済むまでは、泣くのは我慢してちょうだいよ。頼むから。
「悪いことに、オレ達精霊を束ねる長が、今度の事ですっかり萎縮してしまった」
「長が、狂王を恐れているって事?」
「あぁ。なにしろ神が衰退させられたのを目の前で見ているからな。この世界の全ての精霊は、森の人間の国に集められているんだ」
「精霊は、人間の国で何をしてるの?」
「奴隷のように人間に従っている。長の命令で、国から出る事は許されない」
人間の国から出られないって。
あんた、居るじゃないの。今ここに。
あたしの視線を受けて、風の精霊がフンッと鼻で笑った。
「オレは風の精霊だ。自由が信条さ。誰にも決して縛られるものか」
銀色の髪がフワリと揺れた。見えない敵に挑むように銀の目が鋭く輝く。
へえぇ、ちょっとカッコイイわね。少し見直したかも。
「アグアも縛られるのを良しとしなかったんだ。モネグロスの元へ戻ろうと、何度も繰り返し脱走を企てた」
「へえ!」
すごい! そんな恐ろしい狂王に負けてなかったんだ!
アグアさんって強いのね。同じ女として誇らしいわ!
「ただ、そのせいで狂王に目を付けられてしまった。アグアは今、狂王の住む城内に幽閉されている」
「幽閉!? 閉じ込められてるってこと!?」
「あぁ、厳重にな。逆らう精霊への見せしめだよ」
モネグロスはあたしのハンカチで顔を覆い、全身を震わせてか細い声で泣いている。
なんて可哀想。アグアさんは、ただ愛する男の元へ戻りたいだけなのに。
砂漠と水というお互い必要不可欠な存在を、我欲や、見せしめって理由だけで引き裂くだなんて。
ほんと恥知らずね、狂王って! まるっきり自己中な、ただの暴君じゃないの!
本当に人間って、地位と権力を手にするとロクな事にならないわね!
うちの社長も父親の跡を継いで社長になった途端に、したい放題!
何をカン違いしてんのか、社員食堂のメニューや慰安旅行の部屋割りにまで首突っ込んできやがって!
地域の二代目ボンボン仲間と、商工会議所で談笑でもしてりゃいいのよ! おとなしく!
トップの人間が始末におえないと、周りの皆が不幸になるんだわ!
バカ王が!! 冷静になるどころか、ますます腹が立ってきた!
だいたいねぇ、愛し合う仲を引き裂くような人間に、ロクなヤツはいないのよ!
常識やモラルから逸脱した欠損人間なのよ! 社会にとって害悪しかもたらさない害虫なのよ!
そんな人間、どーんと天罰でも仏罰でも下してやればいいんだわ!
害虫駆除に遠慮は無用! 盛大にブチかましてやりゃいいのに!