(5)
信じられない。そんな恐ろしい事を本当にしたの?
なんなのその王様!
狂ってるっていうよりも、単純にバカなだけなんじゃないの!?
「信じられない事を、現実にやったんだ。それが狂王とあだ名される理由さ」
「人々は恐れ慄き、先を争って神への信仰を捨て去りました。すると…」
――― ドォンッ!
その時突然、あたし達の居るホールに振動が響いた。
ホール全体が、巨大なハンマーか何かで殴られたみたいに大きく揺れ動く。
「な、なにっ!? どうしたの!?」
あたしはうろたえながら、辺りを見回して警戒する。
すると床の真ん中が、直径5メートルほどの大きさで一気にドズン!っと陥没した。
底が抜けたようになってしまった床を、呆然と見つめる。
なんでいきなりこんな。砂漠だから地盤は確かに弱そうだけど。
―― ドンッ! ズゥン!
考える間も無く、たて続けに振動が走る。
床の陥没がさらに広がり、あっという間に10メートル以上の大穴が開いてしまった。
きゃああ! 巻き込まれる!!
あたしは慌てて数歩後ろに下がった。
「あぁ、また神の像が破壊されたのですね」
モネグロスが頭を抱えて、悲壮な声で呻いた。
「ど、どういうことなの!?」
「見ての通りさ」
「見ても分かんないわよ! 全然!」
「神の像がひとつ壊されるごとに、神殿が崩れていくんだ」
そして、書物がひとつ焼かれるごとに、眷属が消えていった。
王の命ずるまま、人間が次々と神への畏敬の念を捨てていく。
すると次々と、神の世界に悪い影響が現れ始めた。
「どうしてそんな現象が?」
「言ったろう? 神は人間を深く愛し、他のどの種よりも親密な関係を保ち続けた」
「その結果、人間も神に対して強い影響力を持ってしまったのです」
人間が、偉大な神に対して強い影響力を持つ?
ただ神から愛されたという理由だけで?
「愛される者は、自分を愛してくれる存在に対して、圧倒的なまでの力を持つのです」
「神であれ人間であれ、それがこの世界の仕組みさ」
不意に、あたしの脳裏に元婚約者の彼の顔が浮かんだ。あたしが心から愛を捧げた存在。
『あの娘とは何でもないさ。ただの仕事仲間だよ。俺を信じろ、雫』
あたしは彼の言葉を信じた。
自分の疑心を封じ込め、彼の言うがまま何の口出しもしなかった。
彼の望むがままに、取り返しがつかなくなるまで妄信し続けた。
その結果、あたしの心はこの神殿のように崩れ去った。
「…そうね。よく分かるわ」
急に重々しくなったあたしの口調に、モネグロスと風の精霊が顔を見合わせる。
そして、訝しそうにあたしの様子を伺う。
分かるのよ。すごく。
愛を注ぐ者は圧倒的に弱者なんだわ。支配されると言っても過言ではないほどに。
そして無抵抗に操られ、傷つけられ、泣き叫ぶのよ。
「この世界の神は、人間を愛しすぎたのね」
「お前…?」
あたしはハッと我に返った。風の精霊があたしを見つめている。
何かを探り出そうとしているような視線が、どうにもバツが悪くてあたしは視線をそらした。
「で、でも、ここまで深刻化する前に何とかできなかったの?」
あっちの世界にだって天罰とかあるくらいだし。
一度デッカくお灸を据えりゃあ、王様も我に返ったでしょうに。
「あ、ヤバい。いい気になりすぎた」って。
「雫の世界じゃ、神がそんなに簡単に他種に干渉してくるのか?」
風の精霊が不思議そうに聞いてきた。
「え? ううん。そんな事は・・・」
無い。と思う。
さすがに神霊的な領域だから、自分勝手に断言はできないけれど。
「そうでしょうね。恩恵を与えるならまだしも、神の都合で勝手に相手に損害を与えるなど許されません。それが摂理というものです」
うぅ~ん。というか、向こうの世界は神様の存在そのものがまず、不確かなんだけど。
って事を教えたりしたらこの場がパニックになりそうだから、黙っていよう。
「だって向こうが先にケンカを売って来たんでしょ?」
自衛権ってのは無いわけ? 自衛権は。
「像を壊したり、本を焼いてるだけだ。神に直接攻撃はしていない」
「あ、そうね」
「である以上、いくら偉大な神でも無碍な事はできないんだ」
風の精霊が、さも忌々しそうな表情で言った。
「出来るからといって、何でも後先考えずにやって良いってわけじゃないのさ。残念ながら」
「えぇ。我々神は、この世界と秩序と摂理を守らねばならないのですから」
自分に言い聞かせるようにモネグロスが頷く。