(4)
水が溢れるように湧き、緑が豊かに育ち、眷属達が賑やかに息づく。
そして砂漠の砂は、日の光を浴び黄金色に輝く。
モネグロスとアグアの愛も光り輝いていた。
それらの全てが永遠に変わらないと誰もが皆、信じていた。
「森の人間の国の狂王が、神を裏切るまでは」
この世界の全ての物は神達によって創り上げられた。
オレ達精霊も。当然、人間達も。
神達は自分達の姿を映した人間の存在を、ことのほか愛でた。
「生まれたばかりの人間達を特別に庇護し、守り、恩恵を与え育てたのさ」
「人間達も我々神を信じ、心から敬い、支えとしてくれていました」
神と人はお互い愛し愛され、双方無くてはならないほどに親密な関係を保ち続けた。
そして…そして、気の遠くなるような長い長い蜜月の年月が過ぎて…。
人間は、いつの間にか独自の『知恵』を持つようになった。
自分達の国を作り、規範を作り、思想を持つにつれ、人間は徐々に神の手から離れていった。
「我ら神は、それを良い成長だと喜びました」
生み落とし、常に見守り、手助けしてきた愛し子達。それがやっと自らの足で歩み始めた。
寂しくはあったけれど、それこそが種として正しい道だと。
人間達も、神への畏敬の念は変わらず持ち続けていた。お互いの関係はとても良好だった。
「狂った王が現れるまでは」
「狂った王…」
沈痛な表情のモネグロスと風の精霊。
モネグロスはぼんやりと視線を浮かせ、風の精霊は怒りをはらんだ目で空を睨む。
「何があったの?」
「狂王は産みの親たる神に刃を向けたのさ」
「我ら神達の存在の消滅を目論んだのです」
神の存在の消滅!? そんな事、人間に可能なの!?
いや、そもそも何でそんな事を考えたのよ? 罰当たりな。
「神の存在が邪魔だったのさ」
風の精霊が忌々しそうに吐き捨てた。
モネグロスは悲しげに俯いて、床の剥げた幾何学模様を眺めている。
「邪魔って何でよ?」
良い関係だったんでしょう?
それに、今は昔ほどベッタリ親密だったわけでもないんでしょう?
いわゆるスープの冷めない距離ってやつ。余計なトラブルを回避できる、ベストな距離感よ。
なら何もわざわざ消滅なんて考えなくてもいいじゃない。
「王は、自らがこの世で唯一無二の存在になる事を望んだのです」
「人間の社会は成長した。巨大に、そして複雑になり過ぎた」
「それを統治する王には、強大な力が必要なのです」
絶対的存在感。強大な権力。
この世の全ての人間をひれ伏させるほどの権力。
王にはそれだけの力があるのだと誇示しなければ、誰も従わない。
そう、例えるなら…
いまだに人々が存在を忘れず、畏敬の念を持ち続ける偉大なる神。
その神すらも超越した力の持ち主であると。
狂王は神の存在に目をつけた。人々が尊敬し、頼りにし、心の支えにする神。
その神の座に、自分がそっくりそのままつけばいい。
そうすれば人心も国も思いのままだ。
「狂王は、自分が神より偉大な存在であると誇示し始めたんだ」
神よりも偉大な…。それで神様を消滅しようって結論に?
発想が単純な点は、いかにもよくいるバカな王様って感じだけど。
でもたかが人間よ?
人間ふぜいが神様に刃向かったって、三歳児がお相撲さんに向かって、張り手をかましてるようなもんじゃないの。
指シッペひとつで引っくり返されかねないわ。
「狂王は、人々に神を敬う一切の行為を禁止しました」
矮小な神の像など残らず破壊せよ。神について書かれた書物を全て焼き払え。
皆が崇め称えるべきは、神より偉大な我のみである。
「従わない者は一族全員が拷問に処された」
「ご、拷問?」
「容赦無い責め苦が与えられ、日毎夜毎、苦悶の声が人間の国に充満したのです」
宗教弾圧。
日本で、ううん、世界中で繰り返された歴史が脳裏をよぎった。
「それでも変わらず神を崇める者には、公開処刑が行われた」
「公…!?」
磔にされる隣人。女や子どもすら一切の慈悲も例外も無かった。
火をつけられ、絶叫と共に燃え上がる人の姿。
体中串刺しにされ、おびただしく焼け爛れた体を何日間も晒される。
濃厚な血の臭いがどこまでも漂い、やがてその身は野生の鳥や動物に喰い散らかされていった。
「そんな、酷い」
背筋がゾォっと凍り付く。子どもすら例外無いなんて。
磔にされて、狂ったように泣き叫ぶ幼子の姿が目に浮かんで…。
とても耐えられずに、あたしは頭を振って打ち払った。




