(2)
あたしは凄い勢いで顔をブンブン左右に振った。
夢!? あたし目ぇ開けながら夢みてる!?
今のってジンの声よね!?
なんで!? どうして!? なにがどうしてどうなったあぁ!?
「ジン!?」
『あぁ、やっと気がついたか』
「これって幻聴!? あたしついにおかしくなっちゃった!?」
『安心しろ。お前は確かにおかしいが、これは幻聴じゃないから』
あぁ! その言い方ってやっぱり本物のジンだわ!
あたしは爆発しそうな心臓を抱えて飛び上がった。
そして必死に周囲を探す。
どこどこどこ!?
「ジン、あんたどこにいるのよ!?」
『そっちには居ない。こっちの世界だ』
「えっ!?」
『神々に頼んで、そっちの風を利用して声だけ運んでる。やっとそれぐらいの事が出来るまでこっちの世界も回復したんだ』
あたしは呆然としながらジンの話す説明を聞いた。
……こういう事だった。
始祖の神は確かに神や精霊や人間、動植物等の命を復活再生してくれた。
してくれたんだけど。
建築物その他は、どうやら補償の範囲外だったらしく。
建物やら生活必需品に至るまで、全てがゼロになった。
つまり、着の身着のまま。野生生活のような暮らしになってしまった。
神や精霊ならまだしも、人間にとってこれは大打撃。
せっかく復活したのに、真面目に種の存続の危機的状況に陥った。
『そこでヴァニスが神や精霊達に頼んだ。手を貸して欲しいって』
自然の摂理を曲げるほどでなくていい。
必要以上の事は一切望まない。許容範囲で助けて欲しいと。
神や精霊はその願いを聞き入れ、弱った力で、それでも懸命に人間の生活を許される範囲内で守り支えてくれた。
人間は神や精霊のその姿に深く感動し、感謝し、敬意を払った。
信仰が復活したんだ。
そのお陰で神々の弱った力も回復してきて、少しずつ、全てが元通りになってきているらしい。
「そうだったのね……」
『今、全ての種族が協力し合って生きている』
「良かった。これでもう安心ね」
『どうかな? 時間が経てばどうなるか分からないぞ』
そうね。今は良くても、人の心は移ろいやすい。
記憶はどうしても廃れてしまうものだし。
100年、200年、もっとずっとずっと未来では何が起こるか分からない。
また同じ過ちを犯すかもしれない。
「でも、それはその時代の問題よ」
その時代に起きた事はその時代に生きる者達が解決する。
自分達の力で、何が大切で何を守るべきかを見極めてその結果を納得して受け入れ、そうして生きていくべきだ。
あたし達は解決し、未来へ繋いだ。
きっと、未来に生きる者達も同じ想いを持ってくれる。
『あぁ、きっとそうだな。信じよう』
「えぇ。ねぇ、みんなは? みんなはどうしてるの? 元気にしてる?」
『モネグロスはアグアと砂漠へ戻った』
「本当!? 良かった! 幸せに暮らしてるのね!?」
『片時も離れずにベッタリだ。あれでよくまぁ、周りの眷属達から砂ぶっかけられないもんだ』
ジンも呆れるほどのイチャラブらしい。
オアシスも元通り。アグアさんの輝くばかりの美貌も、すっかり元通りになったらしい。
神の船も無事に復活して、深い緑と青い水と、黄金の砂漠で皆、幸せに暮らしている。
『みんなお前に心底感謝してるぞ』
「そんな、あたしは別に……」
『モネグロスとアグアがいつも言っている。雫に会いたいと』
あたしの胸がキュンと鳴り、鼻先がツンと熱くなる。
うん、会いたい。あたしも。
純粋で泣き虫のモネグロス。偉大で愛情深いアグアさん。
会いたい。すごく会いたいよ。
「ノームとイフリートはどうしてるの?」
『あいつらも仲良くやってる。目指す方向がお互い微妙にズレてるもんで、噛み合ってないけどな』
あぁ、なるほど。
ノームはイフリートに真剣に恋してるけど、イフリートはねぇ。
まだそこまで全然到達してないもんね。
無理も無いけど。ノームはまだ少女なんだし。
イフリートの鈍そうな部分を差し引いても、ノームが彼の恋愛対象となるのは時間がかかりそう。
大変だなぁ。でも頑張れ負けるなノーム!
『いや、あれで結構ノームもやるもんだぞ』
「え?」
『勇猛果敢、全速前進だ。まるで手ごたえの無いイフリートに、毎日果敢に接近してる』
おお、さすがはノーム! 骨の髄まで攻めの女!
よーしよし! その調子でドンドンいくのよ!
イフリートを他の女なんかに渡したら、絶対にだめだからね!
『あいつらから伝言があるぜ』
「伝言? どんな?」
『雫よ、お前は我が誇り。そして永遠の友』
『しずくさん、わたしたちはずっとずっと一緒です』
「………」
涙で両目が潤む。
あたしは手で口元を覆って、ズズッと鼻を啜った。
イフリートの精悍な顔立ちと、ノームの可憐で可愛らしい仕草が目に浮かぶ。
うん。あたし達、ずっとずっと友達よね。約束したものね。
ずっとずっと一緒よね。
「ねぇ、ヴァニスはどうしてるの?」
『……あいつの事が気になるのかよ』
「ジン~、ヤキモチ焼かないで教えてよ」
『冗談だよ。あいつも、何かが吹っ切れたみたいにやたら元気に張り切ってる』
とにかく人間社会が今、大変なもんで。
国王としてのヴァニスの仕事もエベレストのごとくに山積みらしい。
『毎日ぶっ倒れるまで働くんだぜ? 治癒するこっちの身にもなって欲しいもんだ』
「ジンが毎日ヴァニスについてるの?」
『あの嫌味ったらしい性格についていける精霊はオレぐらいのもんだからな』
ていうか、ヴァニスが嫌味を言うのってジン限定のような気もするんだけど。
徹夜で仕事をしようとするヴァニスを、気絶させて無理矢理に休憩をとらせただの。
3日も風呂に入らなかったから、湖に蹴り落として水浴びさせてやっただの。
仲が良いのか悪いのか判断に困る話ばかりだけど、でもそれなりにうまくやってるみたい。
『ここで自分は生きていく。自分の望みはここにある、とさ』
「うん」
居るべき場所を間違えるな。ヴァニスはそう言った。
ヴァニスが生きる世界はそこにある。
精一杯、全力で彼は生きていくんだ。自分の居場所で。
『あのおっかねぇ侍女長、マティルダの教育係になったぜ』
「うえぇ!? ロッテンマイヤーさんがあ!?」
『甘ったれ根性を叩き直すんだと。ありゃ本当にマティルダが気の毒だ』