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(2)

 ……それは、闇だった。


 なにも無い。“存在”すらも無い。ただの『無』。


 漆黒の空間だけが、ここにあった。


 この闇はどこまでも果てなく続くのか。

 それともほんの僅かばかりのものなのか。

 それすら知らない。知りえない。

 ただの『無』の中に、あたしはたったひとりでポツンと取り残されていた。


『存在よ』


 唐突に意識が響いた。

 それは声では無かった。だって声なんて、ここには存在しない。

 そもそも音すら存在していない。

 何も存在しない場所で、何かの意識があたしの中に直接入り込んでいる。

 その無遠慮さが不快で、あたしは投げやりに答えた。


「……だれよ?」

『わたしは破壊と創造』

「破壊と創造? じゃあ、あなたが始祖の神なの?」

『それはわたしにはあずかり知らぬこと。わたしは破壊し、創造するだけ』


 ふうん、そう。あなたには自分が始祖の神だという認識なんて無いのね。

 別にもう、それもどうでもいいけれど。

 だって世界は無くなってしまったのだから。


 本当に何ひとつ、すべてが無くなってしまった。

 だから感慨もなにも無い。

 失ったという厳然たる事実だけを、あたしは静かに淡々と納得していた。

 でもひとつだけ、ふと疑問に思う。


 なぜあたしは消滅しなかったんだろう。


『あなたは、この世界の存在では無い。わたしが破壊し、創造するのは、この世界のものだけ』


 その答えにも、あたしは淡々と納得した。

 あぁそうか。あたしはこっちの世界の人間じゃないから。

 消滅からさえも、弾き出されてしまったんだ。

 なんだ、そうか。そうだったのか。

 つまりどこまでも中途半端な存在なのね、あたしって。

 自嘲のような可笑しさが少しだけ込み上げ、クツクツと口の中で笑う。


『存在よ、答えなさい』

「なにを答えろって? それにしてもずいぶんあんた態度がでかいわね。当然のような命令口調が癪に障るんだけど」

『なんのために、この世界へ来たのかを答えなさい』


 あたしの胸に鋭く激しい痛みが走った。

 表現のしようの無いほど強烈な胸苦しさに襲われ、思わず手で胸を押さえる。


『答えなさい。なんのために、この世界へ来ましたか?』

「…………」

『答えなさい。存在よ、答えなさい』

「しつこいわね! あんた自分がいま、他人様の地雷を思いっきり踏んでる事に気が付かないの!?」


 ズカズカと土足で人の心に入り込むんじゃないわよ! この傍若無人さって、まったく番人そっくり!

 本当に番人ってあんたの眷属なのね! 絶妙のコンビよ、あんたら!


 なんのために来たか、ですって?

 世界の消滅に利用される為に来たのよ!

 いいように利用されて、さんざん踊らされて、大切な物全部失って。

 その事実を納得する為だけに、ここにきたのよ!


 世界の破滅を拒絶するために来たと思っていた。

 でも、そうじゃなかった。

 いいえ、たとえそうであったとしても世界はもう、無いのだもの。

 なんの意味も無い。

 あたしがなぜ、なんのためにここへ来たのかなんて、もうなんの意味も無いわ。


 逆にこっちが聞きたいくらいよ。あたしはなぜここに居るの?

 この世界に来て何度自分に問うたか分からない言葉を、今ほど痛烈に思う事はない。


 あたしは、なぜここに居るの?

 世界が、あの大切な人たち全員が消え去ってしまったのに、なぜあたしはここに居るのだろう?


 ねぇ答えて。お願い。

 どうか教えて。だれか教えて。

 お願い。助けて。


 この虚しさを救って。

 果てない暗黒のような虚無の心を、体を、救って。

 お願い、お願い、お願い。


 助けて。

 助けてよ……。


 ―― フワリ


 え?


 あたしは驚いて周囲を見渡す。

 当然のように、そこにあるのは漆黒の『無』だけだった。

 他には何ひとつ存在していない。でも。


 ―― フワリ


 今。今、確かに。



 ―― フワリ


 風が………、吹いた。


 あたしの髪。頬。唇。

 そして指。腕。足。

 そこに風を感じる。確かに感じる。この風は………。


 ジンの風だ!


 あたし体と心に、稲妻に打たれたような強烈な衝撃が走った。

 ジンの存在は消えてしまったのに、彼の風は、確かにここに有る。

 あたしの……あたしの中に!


 あぁ、ジンが遺してくれたんだ。

 ほら、間違いなく感じる。明確に感じる。

 あたしの中に、有る!


 空虚だったあたしの全てが満ちていく。

 爪の先、髪一本の先に至るまで、細胞全てが怒涛のごとく力強く満ちていく。

 何も無い空間の中で、はっきりと感じるジンの風。


 信じられる。これほど確かなものがあるだろうか。

 これほど意義のある事があるだろうか。


 ようやく今、本当に納得できた。

 なぜあたしがこの世界に来たのか。なぜ、今、ここにこうして居るのか。

 全てがやっと理解できた。全ての答えが確信できた。


『存在よ、答えなさい』

「………」

『あなたのそれは、なんですか?』

「これはね、涙よ」


 あたしは透明な雫の涙を零し、空間に向かって微笑んでいた。

 ええ、そうよ。あたしは昨日の事のように覚えている。

 ジンと出会ったあの日の、彼の言葉を。


『雫とは、乾いた大地に落ちる最初の一滴。そんな勇気と意味のある存在』なのだと。


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