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最初の一滴(1)

 三本の光の柱が徐々に細くなり、ついには糸のようになって、そして消滅した。

 夜のように暗い空の、厚く黒い雲がグルグルと不気味に、あんなに大きく渦巻いている。


 周囲の景色全体が、ゆっくりと回転し初めている事にあたしは気がついた。

 あまりの事態に自分が眩暈を起こしているのかと思ったけれど、違う。

 本当に空間そのものが、回転している。

 あたしを中心に、空が大地を巻き込みながら大きく回転しているんだ。


 草原の輪郭が、そして空と大地の境目が、目の前でぼやけて霞んでいく。

 溶けた鉄のようにグニャリと歪んで、お互いがドロリと混じり合った。

 どこまでも続く草原がどんどん空と一体化していく。

 もう、これは空でも無く大地でも無い。空も、大地も、消滅してしまったんだ。


 世界の消滅が始まった。


 大爆発のような天変地異が起きて、世界が粉々に砕け散るような状況を想像をしていた。

 でもまったく違う。不気味なほど静かだった。

 存在していたものがそうで無くなる。それだけの事なんだ。

 そんな風にあたしは、静かな心で消滅の光景を眺めていた。


 だってもう驚く事も恐れる事も、怒る事も悲しむ事も意味がない。

 疲れきってしまった。何をしたところで何も変わらない。

 あたし達が世界の破滅のスイッチを入れてしまったのに、騒いだところで滑稽でしかない。


 もう全てが終わるんだ。

 終わってしまえば全てが消え去る。

 悲しみも苦しみも消滅してしまうんだもの。仕舞いになるのだもの。

 無意味だわ。無駄よ。なにもかも全部、意味なんてないわ……。


 そして。

 アグアさんが空に飲み込まれた。


 空と大地に飲み込まれ、彼女はそれらと一体化した。

 声すら上げる間も無い、ほんの一瞬の出来事だった。

 ほんの、一瞬。あまりにも呆気ない、刹那の終焉。


 あれほど確かに存在していたものが、こんなに呆気なく終わるものなんだ。

 こんなにも簡単に、アグアさんはアグアさんでは無くなってしまった。

 その様子をあたしは、ただ納得して見ていた。

 無感動に、無表情に。まるで番人のように。


 感情を揺らしたところでなんにもならない。

 だって世界の全てがこれからそうなるのだから。

 そう、もうすぐ、あたしも。


 もはや周囲は明確な色すら成さなかった。

 世界がみんな混在していく。渦巻き、溶けて、融合して、『そうでない』ものに変貌していく。

 そしていずれ、それすらも消滅し果てる。


 終わりだわ。終末。終焉。全ての終わり


 終わる。

 終わる。

 終わる。

 終わ……。



『雫……』


「……!?」



 音すらも終わりかけたこの世界で、その声があたしの耳に届いた。

 色の消え去ったあたしの心に強い色彩を取り戻す。


「ジンッ!!」


 僅かに色と形を留めているジンが、あたしを見ていた。

 これは確かにジン。

 ジンが存在して、そしてあたしの名を呼んでいる。


 あたしは無我夢中で両腕を伸ばし、何も考えずに彼の胸に飛び込む。

 でも……すり抜けた。

 あたしの腕は何も掴む事はできずに空を掻くだけ。

 それでもあたしの心は一杯に満たされた。


 感触は無い。温度も感じない。臭いも無い。

 ただ、あたしの愛する銀色が、ここに僅かに、でも間違いなく残っていた。


『雫……しずく……しず……』


 心に染み渡る声が何度も何度も繰り返し、あたしの名を呼ぶ。

 それは少しずつ小さくなり、か細くなり、やがて名を呼ぶ音も消え去った。

 銀の光も、跡形もなく掻き消える。


 ジンは……消滅した。



 あたしは、それでも笑っていられた。

 姿は見えず、声も聞こえず、抱きしめられる感触も無い。

 全て消え去り、それでもあたしは満たされていた。

 なぜなら、風が、あたしを包み込んでいるから。


 ジン、これはあなたの風。

 あたしには分かる。感じる事ができる。

 だからあたしはこんなにもはっきりと満たされている。

 あたし達は今も、こんなに愛し合っている。

 穏やかに微笑みながら、あたしはそれを確信する。


 そしてそれを最後に、世界は、消滅した。



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