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「ジン、ヴァニスが今、逝ったよ」

あたしは光の柱を目で追い、胸を震わせて泣きながら語りかける。


最後にアグアさんを、世界を救って逝ったよ。

ジンが何度も救った彼の命が、世界を守ったんだよ。ついに守りきったんだよ。

そしてあなたも……逝くのね。


 これで終わる。やっとのことで。

 もう代償を払う必要は無い。だって払えるだけ払い尽くしてしまったから。

 そして手元に残るのは世界の存続。


 今までとなにも変わりなく、明日からも世界は動き続ける。

 ただそれだけ。

 ただ、その為に。

 だた、それだけの当たり前の事の為に、あたしは世界よりも大きいものを失ってしまうのよ。


 ジン。

 この果てない虚しさの、この遥かな苦しみの救いはどこにあるというの?



「ククク」


 虚しさと哀しみに泣き濡れるあたしの耳に、不気味な音が聞こえた。


「クククク……」


 あたしの胸に、ぞわりと黒い翳が忍び寄る。

 いったいなんの音だろう?

 これは……誰かが笑っている声?

 そうだ。耐え切れぬ喜びに心底から笑っている声だ。


「これぞ……大願成就、なり」


 あたしの顔は強張った。

 ぞおぉっと背中が総毛立ち、全身から冷や汗が噴き出す。

 心臓が破裂しそうだ。

 嫌だ。見たく、無い。

 でも、あたしは確認しなければならない。


 ギチギチと音がしそうなほど、ぎこちなく首を動かした。

 そしてあたしは、一番見たくないモノをはっきりと見てしまった。


 地に倒れ伏している番人の、心からの満足げな笑顔を。


「アグアさん! 逃げてえぇぇぇ!!」


 あたしはアグアさんに向かい、血相変えて絶叫した。

 この化け物、まだ諦めていない!

 最後の生贄を、アグアさんを石柱に捧げるつもりでいるんだわ!


 この、ゾンビ! まだ諦めないっていうの!? 

 始祖の神より何より、あんたが一番始末が悪いのよ!

 こんなに代償を払ったのに! こんなに大切なものばかりが失われてしまったのに!

 もう充分でしょう!? まだ満足できないの!? まだこれ以上奪うというの!?

 いいえ、絶対にこれ以上の代償は払わない! これ以上、ビタ一文だって払うつもりは無いわ!


「絶対にアグアさんを生贄にはさせない!!」

「クク……、誰がアグアが精霊の生贄だと言ったか?」


 ……え?


「わたしはひと言も、アグアが生贄になるとは言っていない」


 番人は恍惚として自分の体を触っている。

 破壊され、斬られた自分の傷のあちこちをウットリとした表情で。

 この表情は、いつも決まって始祖の神復活の話をする時のあの表情だ。


 ……まさか。

 不吉な予感に全身が冷たくなり、冷えた頭であたしは思い至った。


 神、人間、精霊。

 それぞれの中で最も貴重で特別な命が生贄となる。

 番人は、始祖の神の眷属として生まれた。つまり。


 精霊。


 この世に神々が生まれる以前から、太古より世界を見守り続けた精霊。

 始祖の神唯一の精霊。この世界で、唯一無二の、特別な。


 あたしの全身からザアァッと血の気が引く音がした。まさか。


「わたしは世界を見守る役目を主から与えられた」


 まさ、か。


「それ故、自分で自分を殺す事は叶わなかった。不可能だった」


 まさか、あぁ、まさか。


「生贄となる為には、自分以外のものに殺されなければならなかった」


 洪水のようにガアァァッと引いた血が一気に逆流して一瞬、あたしの意識が遠のいた。


 この……


 この……


 この化け物はああぁぁーーーーー!!



「うわああああっ!!!」


 あたしは狂ったように叫んだ。

 嵌められた!! 完全に騙された!!

 あたし達はうまく利用されたんだ!

 さも、アグアさんが精霊の生贄のように見せかけられて!


 こいつは本当の生贄である自分を、あたし達の手で殺させたんだ!!


 あたし達の手で、あたし達の、この手で。

 世界の破滅の最後のスイッチを入れさせたんだ!

 自分達の命と引き換えに!

 なんて事! なんて、なんて……!


「うわあ!! あああぁーーー!!!」


 あたしは髪を掻き毟り、天を仰いで咆哮した。

 皆の顔が脳裏に浮かんだ。信じて逝った者達の顔が。


 絶望だ。本当の終わりだ。これが終焉。終わった。世界が。

 ああ! 本当に本当に!


 本当に何もかもが、無意味で無駄だった!!


 あたしは半狂乱で叫び続ける。

 そして番人は、どこまでも幸福に満ち足りていた。

 いつも無表情だった顔は今、まさに幸福と喜びに満ちていた。

 そして、不意にその表情が歪む。


「やっと……」


 その目から信じられないモノが零れた。

 涙、だった。


「やっと……やっと……」


 赤ん坊のように顔をクシャクシャにして番人は泣く。


「これでやっと……死ね、る……」


 枯れ木のように衰えた老人が、わあわあと泣いていた。

 涙が次々と皺だらけの顔を伝って落ちる。


 番人は、死にたかったんだ。

 始祖の神の復活よりも、ただ、死にたかったんだ。

 自分の命を、もう終わらせたかった。

 永劫の命も、孤独も、使命も、なにもかも。

 なにもかもが、自分にとってもう無意味でしかなかったから。


 番人の泣き声が突然止んだ。

 いままで動いていた秒針がいきなり止まったように。

 コトリとも音がしなくなった。

 そして番人は。


 絶命した。


 彼は真実望み続けたものを手に入れた。

 世界の破滅を、代償にして。


 ―― ドシュゥッ!!


 閃光が走り、三本の石柱から眩い光が天に向かって走る。

 あたしはカラッポの頭と心で、ただ、それを眺めていた。

 完全に無気力に、その光景を受け入れていた。


 だってそれしか、もう。

 あたしに残された道は無かったから。


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