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「ヴァニスーーー!!」

 ヴァニスの脇腹と足から、みるみる血が溢れる。

 彼は手で強く傷口を押さえたけれど、鮮血は一向に止まらなかった。

 杖はまるで様子を伺うように、ヴァニスの頭上でフワフワと浮き上がっている。


「あんたが杖を操っているんでしょ!? 止めなさい!!」


 ヴァニスの方を振り向きもしない、顔色ひとつ変えない番人にあたしは夢中で怒鳴り散らした。

 杖は今度はヴァニスの肩に狙いを定め、再び襲い掛かかる。

「……くっ!!」

 ヴァニスは地面に伏したまま片手で脇腹を押さえて、もう片方の手で剣を振るって応戦した。

 交差し合う、甲高く鋭い金属音の連続。


 目が回りそうなスピードで番人の杖は空中を動き回る。

 そして隙あらば切っ先をヴァニスの体に突き立てようとしていた。

 無理な体勢でもヴァニスは、さすがと言うべき剣さばきを披露する。

 ハラハラと見守るあたしはヴァニスの足の状態に気付いた。

 手で押さえる事ができなくなった傷口から、どくどく血が流れている。

 当然脇腹からの出血も止まってはいない。

 しかも体を動かし続けているせいで、出血はますます酷くなっていく。


 あたしは思わず立ち上がり、ヴァニスの元へ駆け寄った。

 そして動き回る杖に向かって両手を伸ばす。


 この、ちょこまかと動くんじゃないわよ!

 介護福祉用品の分際で人様を攻撃するなんて、何様のつもり!? この不良品!!

 うまいタイミングで、両手でパシンと杖を挟むように掴んだ。

 やったわ! 捕まえた!!


 ―― スパッ! 


 両手の平に不快な感覚が走り、反射的に杖を放してしまった。

 思わず自分の手の平を見るとそこには、薄っすらと走る白い線が。

 白い線がジワジワと赤く染まっていき、じっとりと赤い血が盛り上がり、あたしの両手を赤く染める。


 これ、ただの杖じゃない。まるきり刃物だわ! しかも物凄い切れ味!

 ヴァニスが剣で杖を払うたびに妙に鋭い金属音がすると思っていたけれど。

 こんなので斬り付けられたら致命傷よ!


 フッと杖が一瞬霞んだように見えた。

 すると、隣にもう一本まったく同じ形状の杖が現れた。

 二本が同時にヴァニスに向かって襲い掛かるのを見て、あたしは顔から血の気が引いた。


 冗談じゃないわ! 一本相手をするだけでもやっとなのに!

 今のヴァニスの状態じゃ二本同時なんてとても無理よ!


 追い詰められたヴァニスは、とても片手では応戦しきれず両手で剣を握った。

 そして片膝をついて無理に立ち上がろうとする。

 むき出しの傷口からは容赦無く血が溢れ出れ、ぜぇぜぇと荒い息を吐くヴァニスの顔は、文字通り血の気が引いてしまっている。

 玉の様な大粒の汗に黒髪が張り付き、表情は凄惨さを極めた。


 半ばパニック状態のあたしは番人に殴り掛かった。

「この、化け物!!」

 拳を振り上げ、無表情に佇む番人の顔を目掛けて思いっきり殴りつける。

 まさに窮鼠猫を噛む、の心境だった。

 でもあたしの渾身の拳は、ふぅっと番人の体をすり抜けてしまった。

 まるで空気を殴りつけるような感覚。実体というものがまったく感じられない。

 呆然と自分の手と番人を見比べた後で、あたしは再び殴り掛かる。


 ブンブンと両の拳は虚しく空を切った。

 視覚的には、拳は番人の顔にしっかりとめり込んでいるのに何のダメージも与えていない。

 この! この! どこまでも化け物め!!


 いつまでも殴るのを止めないあたしに、番人がようやく視線を向けた。


「愚かな。人間ふぜいが、始祖の神の眷属へ手出しができると思っているのか」


 あくまでも冷静なその口調に、あたしの頭に血がのぼる。

 悪かったわね! どうせあたしは愚かよ! どうせあたしは人間ふぜいよ!

 そんなのあんたに言われなくたって、あたしが一番よく知ってるわ!


 あたしは無力な人間で、これしかできない!

 だから自分にできる事をするのよ!

 それがたとえ無力でも、無意味でも、できる事があるならやってやる!

 あんたを拒絶する証として!!


 逝ってしまった仲間達の顔が浮かんだ。

 目に熱い涙が浮かぶ。

 唇を噛み、ムチャクチャに殴り掛かるあたしを番人は無表情に見つめて、また言った。


「愚かな。やはり世界の破滅は摂理だ」


 そしてアグアさんに近づいて行く。


「だめよーーー!!」

 あたしは殴るのをやめ、倒れているアグアさんの体に覆い被さった。

 絶対にアグアさんに手出しはさせないわ!

 番人を睨み上げるあたしの視線と、あたしを見おろす番人の冷たい視線。

 どこまでも相容れないふたつの視線がぶつかった。


「うぐうぅぅ!!」


 ヴァニスの悲鳴が聞こえて、あたしはとっさに振り返った。

 ヴァニスの肩に深々と杖が突き刺さっている様子が目に飛び込んできて、あたしの顔から血の気が引く。

 杖が、いつの間にか三本に増えている!?


 ヴァニスの呼吸は完全に乱れていた。

 両肩も胸も激しく上下し、大きく開いた口から懸命に酸素を取り込もうとしている。

 でもそれがほとんど用を成していないのは明らかだった。


 ダラダラと滝のように流れる汗。

 紙のように青白いヴァニスの皮膚は、血の通っている人間の肌の色とはとても思えない。

 震えるヴァニスの肩からこれ見よがしに杖が抜かれて、途端に勢い良く溢れる鮮血。


「……!!」


 驚愕の表情のまま、ヴァニスの体は前のめりに倒れる。

 ドサリと地面に突っ伏し動かなくなってしまった。


「ヴァニス! ヴァニス! ヴァニス!!」


 あたしはバカのようにひたすらヴァニスの名を泣き叫んだ。

 しっかりして! 死なないで! お願い! どうかヴァニスを助けて!!


 あたしの願いの叫びも虚しく、杖が……杖の数が、また、増えていく。

 ヴァニスは杖から逃れようと必死にもがき、うつ伏せから体を起こしかける。

 その間に杖はヴァニスの体の周囲をグルリと取り囲み、そして切っ先を狙い定め、宙に浮く。

 あたしは思わず身を起こして悲鳴を上げた。


「そして、これがふたつ目」


 番人の無情な声を合図のようにして。

 全ての杖の切っ先が、ヴァニスの全身に音を立てて突き刺さった。


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