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散り行くは・・・(1)

 イフリートが消えた。

 消えてしまった。燃え尽きた。

 彼はいなくなってしまった。

 あたしを『我が友である雫』と言ってくれた彼は、もう、いない。

 

 いない。いない。いないんだ。


 そう自分に言い聞かせないと信じられない。

 次々と大切な存在が消えていくこの現実が、とても信じられなくて。


 生きていた者が「死ぬ」という現象がよく理解できない。

 あたしはあの時、会社の屋上から飛び降りて死のうとしたくせに。


 水のドームはいつの間にか消滅していた。きっと限界を超えていたんだろう。

 あたしひとりの力では、皆を守りきる事はできずに全滅していた。

 イフリートの言う通りだったんだわ。彼が命を捨てて、あたし達を守ってくれた。


 ……感謝している。彼に。心の底から。

 自らの誇りと大切なものを守りきった彼の行動をあたしは生涯忘れない。

 でも……。


 でも、でもイフリートに生きていて欲しかった!

 モネグロスに生きていて欲しかった!

 生きていた方が何倍も何倍も嬉しかった!

 それは当然のことだ! その当たり前のことを奪い去ったのは……!


「番人!!」


 あたしは滝のような涙を流しながら、腹の底から思い切り声を吐き出した。

 男のような野太い怒声を張り上げながら、心底から込み上げる激情のままに喚き散らす。


「あたしはあんたを、拒絶する!」


 納得などするものか! 全身全霊で拒絶する!

 あんたの成す事全てに対し「それは違う」と断言する!

 どこまでもどこまでも絶対に絶対に拒絶して、抵抗して、そして阻止する!


 宣言するあたし右の隣にジンが、そして左の隣にはヴァニスが立っていた。


 ヴァニスがゆっくりと剣を抜き、そして鋭く光る切っ先を番人に向かって構えた。

 彼の全身から圧倒的な戦闘意欲が高まるのが感じられる。

 それを見たジンが、お腹を手で押さえながら少し苦しそうな声を出した。


「おい狂王、そんな剣であの化け物に太刀打ちできると思ってるのか?」

「遥か昔、余の祖先が神より賜った宝刀を侮辱するのはやめてもらおう」

「あ? どこの物好きな神だよそりゃ」

「半分死に掛けている怪我人のわりに、口だけは元気なようだな」

「うるせえ……」

「もはや力を使い切ったのであろう? だが良く頑張った。お前を褒めてつかわす」

「いちいち言う事が嫌味臭いんだよ! お前は!」

「少し休むがよい。後は余に任せよ」

「そんなわけにはいかないんだよ」


 お腹から手を離し、ジンは番人を見据える。

 その体の周囲に静かに風が舞い始めた。


「ここで引いたら、あいつらにあわせる顔が無いんでな」

「それは、余とて同じである」


 あたしはジンとヴァニスを交互に見た。

 ふたり共、同じ気持ちだ。人間も、精霊も、そしてきっと消えていった神達も皆同じ。


 この世界を守らなければならない! 失ってはいけない! 

 道行く先の希望を信じて戦おう!


「番人! あなたの希望は叶えられる事はないわ!」

「笑止! 始祖の神復活はもはや世界の摂理である!」


 番人が高らかに叫び、杖を激しく地面に突き立てた。

 どこか遠くから地響きが聞こえ、あたし達の足元の地面がグラグラと揺れ始めた。

 体の芯まで不穏な振動が伝わってくる。


 今度は何が出てくるってのよ!? 風、火と来て、次は……!


 突然、足元から奇妙な感覚を感じた。

 何か、ものすごく頼りない感覚が頭の方へ向かって内臓に伝わっていく。


 これは何?

 と、思うと同時にあたしの両目が奇妙な光景を捉える。

 あたしの目の高さと同じ高さに、地面が見えた。

 目と同じ高さに地面? そんなバカな。普通地面ってのは上から見下ろすもので……。


「きゃあああ!!?」


 ようやく事態を理解し、あたしは盛大に悲鳴を上げる。

 あたし達は急速に地下へと落下していた。

 あたし達が立っていた場所の地面が、ぽっかりと大きく口を開けたように消失していた。


 とっさに見上げた暗い雲に覆われた空が、丸くそこだけ切り抜かれたように覗いている。

 その穴が、空が、驚くほど急速に遠ざかる。

 足元は底知れぬ暗闇だった。

 日の光も完全に届かぬほどの深い深い奈落の底が、あたし達を待ち構えている。

 そこへ向かってまっしぐらに、髪が根元から逆立つほどの勢いで落ちていった。


 あたしは無我夢中で両手両足を動かして、空を掻いた。

 でもどれほど死に物狂いで空気を掴もうと、虚しく身体は落ちていく。

 全身を襲う落下の恐怖。底の知れぬ奈落に吸い込まれる恐怖。

 その結果訪れるはずの、最悪の死への恐怖。


 あたしの脳裏に、最後に見たマティルダちゃんの姿がよぎる。

 頭から爪先まで恐怖に支配されながら、あたしは落下し続けた。


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