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 息もままならぬほど泣き濡れるノームを見て、あたしも涙で言葉にならない。

 どんな言葉も、もう今は。


「我が友たちよ! 出会えて良かった! この僥倖に感謝する!」


 全員の想いを振り切るようにイフリートはその言葉を残し、走り出した。

 あたしは泣きながら手を伸ばし、ジンもヴァニスも身を乗り出して息を呑む。

 ノームは表情を強張らせ、全身を緊張させた。


 イフリートと瀑布の距離がどんどん狭まり、ついに彼は瀑布の中に頭から飛び込んだ。

 あたしの体に冷たいものが走る。


「ガアアァァァァッ!!」


 火の精霊の渾身の雄叫び。

 天を仰ぎ、両手の拳を高々と突き上げ、イフリートは炎に包まれ咆哮する。

 真紅の髪を振り乱し叫ぶ姿は、まるで獅子のようだ。


「グアアァァァ――――!!」


 瀑煙が、獅子の叫びに呼応するように動きを見せ始めた。

 ゆっくりゆっくり渦巻きながらイフリートの方へ引き寄せられる。

 まるでさっきの火災旋風が天の炎に吸い込まれたように、イフリートが炎の滝を支配し吸収していく。

 すさまじい勢いで炎は渦を巻きながら、次々と吸い込まれていった。

 渦の中心に立つイフリートは激しく咆哮し続ける。

 炎の瀑布に打たれながら凛と立つその姿は、神々しいほどだ。


 信じられない! あれを支配してしまうなんて!

 なんて偉大な火の精霊なの!? あなたは!


 目の前の光景に、あたしは一縷の望みを抱く。

 ひょっとしたら、ひょっとしたら!

 このままイフリートは助かるんじゃない!? このままうまくいけば!


 希望を持ったのはあたしだけではなかった。

 ジンもヴァニスも固唾を呑んで見守っている。

 ノームは今にも気を失ってしまいそうになりながら、必死の形相で望みに縋っていた。


 あたしも呼吸をするのも忘れて懸命に祈った。

 神の消滅したこの世界で、何に祈ればいいのか分からないけれど。

 この際何でもいいわ! なんだってかまうもんですか! どうか、どうか!

 どうかイフリートを助けて!


 祈るあたし達の前でイフリート全身の色が変わっていった。

 紅から朱に。

 朱から黄に。

 黄から白に、見る間に色が薄くなっている。


 どんどん高温化しているってこと!? 

 イ、イフリート大丈夫!? 頑張って! 負けちゃだめよ!


 劣勢ながらも、猛り狂ったイフリートの咆哮は止まなかった。

 自身を灼熱で輝かせながら彼は炎を吸収し続ける。

 あたし達を守る為に。自分の誇りを守る為に。


 すぐにイフリートの全身が青白く輝き始めた。

 もう彼の体も限界なんだ。

 炎はいまだに消滅しきらず、隙あらばこちらに襲い掛かってきそうだ。


 ついにイフリートがガクリと片膝をつき、体制を崩す。

 凄絶な表情は苦悶に歪み、全身が大きく痙攣している。


「もういや! やめて! もうやめて―――!!」


 ノームが絶叫した。


「イフリートおぉぉぉ―――!!」


 ……ビクンッ!!


 その声にイフリートが反応した。

 たちまち全身に力を漲らせ、雄々しく彼は立ち上がる。

 仁王立ちし、天に、番人に、そして自分自身に彼は高らかに宣言した。


「そうだ! 我こそは火の精霊! イフリートなり!」


 彼が発した目も眩む輝きに、思わず全員が顔を顰めて手をかざす。

 青く、白く、彼の全てが閃光した。

 まるで爆発のような、逆に、誕生のような凄まじいエネルギー。


 光りが! 炎が!

 あああぁぁぁーーー!!


 あたし達は一瞬のような、永遠のような、そんな時間を体感した。


 そして輝きは消え去り、ゆっくりと目を開ける。

 そこには。


 イフリートは、いなかった。


 目に映るのは、嘘の様に焼けつくされた大地。

 何事も無かったように立つ三本の石柱。

 無表情な番人。無慈悲なまでの静寂。

 そして。


 彼に最後の力を与え、彼が命の全てと誇りをかけて守りきった、愛しいノームの泣き崩れる姿だった。


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