(12)
息もままならぬほど泣き濡れるノームを見て、あたしも涙で言葉にならない。
どんな言葉も、もう今は。
「我が友たちよ! 出会えて良かった! この僥倖に感謝する!」
全員の想いを振り切るようにイフリートはその言葉を残し、走り出した。
あたしは泣きながら手を伸ばし、ジンもヴァニスも身を乗り出して息を呑む。
ノームは表情を強張らせ、全身を緊張させた。
イフリートと瀑布の距離がどんどん狭まり、ついに彼は瀑布の中に頭から飛び込んだ。
あたしの体に冷たいものが走る。
「ガアアァァァァッ!!」
火の精霊の渾身の雄叫び。
天を仰ぎ、両手の拳を高々と突き上げ、イフリートは炎に包まれ咆哮する。
真紅の髪を振り乱し叫ぶ姿は、まるで獅子のようだ。
「グアアァァァ――――!!」
瀑煙が、獅子の叫びに呼応するように動きを見せ始めた。
ゆっくりゆっくり渦巻きながらイフリートの方へ引き寄せられる。
まるでさっきの火災旋風が天の炎に吸い込まれたように、イフリートが炎の滝を支配し吸収していく。
すさまじい勢いで炎は渦を巻きながら、次々と吸い込まれていった。
渦の中心に立つイフリートは激しく咆哮し続ける。
炎の瀑布に打たれながら凛と立つその姿は、神々しいほどだ。
信じられない! あれを支配してしまうなんて!
なんて偉大な火の精霊なの!? あなたは!
目の前の光景に、あたしは一縷の望みを抱く。
ひょっとしたら、ひょっとしたら!
このままイフリートは助かるんじゃない!? このままうまくいけば!
希望を持ったのはあたしだけではなかった。
ジンもヴァニスも固唾を呑んで見守っている。
ノームは今にも気を失ってしまいそうになりながら、必死の形相で望みに縋っていた。
あたしも呼吸をするのも忘れて懸命に祈った。
神の消滅したこの世界で、何に祈ればいいのか分からないけれど。
この際何でもいいわ! なんだってかまうもんですか! どうか、どうか!
どうかイフリートを助けて!
祈るあたし達の前でイフリート全身の色が変わっていった。
紅から朱に。
朱から黄に。
黄から白に、見る間に色が薄くなっている。
どんどん高温化しているってこと!?
イ、イフリート大丈夫!? 頑張って! 負けちゃだめよ!
劣勢ながらも、猛り狂ったイフリートの咆哮は止まなかった。
自身を灼熱で輝かせながら彼は炎を吸収し続ける。
あたし達を守る為に。自分の誇りを守る為に。
すぐにイフリートの全身が青白く輝き始めた。
もう彼の体も限界なんだ。
炎はいまだに消滅しきらず、隙あらばこちらに襲い掛かってきそうだ。
ついにイフリートがガクリと片膝をつき、体制を崩す。
凄絶な表情は苦悶に歪み、全身が大きく痙攣している。
「もういや! やめて! もうやめて―――!!」
ノームが絶叫した。
「イフリートおぉぉぉ―――!!」
……ビクンッ!!
その声にイフリートが反応した。
たちまち全身に力を漲らせ、雄々しく彼は立ち上がる。
仁王立ちし、天に、番人に、そして自分自身に彼は高らかに宣言した。
「そうだ! 我こそは火の精霊! イフリートなり!」
彼が発した目も眩む輝きに、思わず全員が顔を顰めて手をかざす。
青く、白く、彼の全てが閃光した。
まるで爆発のような、逆に、誕生のような凄まじいエネルギー。
光りが! 炎が!
あああぁぁぁーーー!!
あたし達は一瞬のような、永遠のような、そんな時間を体感した。
そして輝きは消え去り、ゆっくりと目を開ける。
そこには。
イフリートは、いなかった。
目に映るのは、嘘の様に焼けつくされた大地。
何事も無かったように立つ三本の石柱。
無表情な番人。無慈悲なまでの静寂。
そして。
彼に最後の力を与え、彼が命の全てと誇りをかけて守りきった、愛しいノームの泣き崩れる姿だった。