(10)
「イフリート! イフリート!」
ノームが必死に呼びかけ、あたしも大声で叫んだ。
「なにやってんのよ! 早く来なさいったら!」
でもイフリートは何も言わずに、静かに首を横に振った。
そしてあたし達をじっと見ている。
「イフリート! なにをするつもりですか!?」
「……」
「なにするつもりなんですか!? やめてください!」
なにをするつもりなのかと問いながら、ノームは気付いている。
これからイフリートが何をしようとしているのかを。
予想通りイフリートは無言のまま炎の瀑布に向き直った。そして、一歩踏み出す。
「「やめて!!」」
あたしとノームが同時に叫んだ。
「イフリート! 行かないでください!」
「戻ってきなさい! そんな事したら死んじゃうわ!」
イフリートはあの瀑布と対峙するつもりなんだわ! いくらなんでも無茶よ!
いくらイフリートが炎の精霊とはいえ、あれは、あの瀑布はこの世のものではない!
この世ならざるものにこの世のものが挑んでも、結果は目に見えている!
「だから戻ってきて! イフリート!」
イフリートは止まらずにどんどん炎の瀑布に向かって進んでいく。
彼は恐ろしくはないんだろうか? あんな、あんなものを目の前にして、しかもそれに自ら接近していくなんて。
「イフリート! イフリート! イフリート!」
ノームはもう半狂乱で水のドームから飛び出そうとした。
あたしは寸での所でノームを両手で掴み、それを押さえる。
「危ない! 出ちゃだめよノーム!」
「イフリート! イフリート!」
「多分もう外は灼熱地獄よ! イフリートだからまだ耐えられてるんだわ!」
「イフリート! 行かないでください!」
「ドームから出た瞬間、黒焦げになるわ! 出ちゃだめよ!」
「いやです! いや! イフリート!!」
あたしの声などまるで聞こえていないようにノームは手の中で暴れた。
あたしもイフリートに向かって懸命に呼びかける。
「さっさと戻ってきてよ! お願いだから!」
聞こえているはずなのに、それでもイフリートの歩みは止まらない。
真っ直ぐ前へ進んでいく彼の姿を見たノームが必死の形相になって叫んだ。
「しずくさん、はなしてください!」
「なにバカなこと言ってんの!? 外に出たら死んじゃうって言ってるでしょ!?」
死んじゃうって言ってるのに出るって言うし!
こっちに来いって言ってるのにあっちに行くし!
あぁもう本当にこっちの世界のヤツらは人の話を全然聞かない!
イフリート! あんたが来さえすれば問題は解決するんだから!
だから、頼むから行かないで!
「イフリート! 戻って来なかったら一生許さないわよ!」
「イフリート! 行くのは……行くのはかまいません!」
「え!?」
ノ、ノームなに言ってるの!? かまうでしょ!?
行ったらイフリートが死んじゃうのよ!?
「かまわないから、わたしも連れていってください!」
ノームは涙声でイフリートに訴える。
「わたしもいっしょに行きます! いっしょに! あなたといっしょに!」
この子はバカなことを! 好きな男と心中するつもり!?
「まだこんな子どものくせして! バカ!」
「いっしょに……いっしょに……!」
すすり泣く声が手の隙間から聞こえる。
なんとか手の間から飛び出そうと懸命に暴れながら、ノームは泣き喚き続ける。
一緒に、あなたと一緒に。その同じ言葉を何度も何度も繰り返しながら。
あたしの目に涙が盛り上がった。
一緒になんて無理に決まってるでしょう!?
外に出た瞬間、あんたは燃えて消滅してしまうの!
イフリートの元に駆け寄ることも叶わず、その手に包まれることも叶わず!
死んでしまうのよ!? それでもいいの!? いいの!?
そんな事も分からなくなるほどイフリートが好きなの!?
ノームはわぁわぁと、声が枯れるほどに泣き叫び続けた。
「いっしょに、連れていってえぇぇ!!」
好き……。
好き、なのね……。
……。
「ちょっと! イフリートおぉぉ!!」
あたしはダン! と地面を踏みつけ大声で怒鳴った。
弾みで両目から涙が一気にボロボロ零れた。
「戻って来いって何べん言わせるつもりなの!!?」
ダンダンと地団駄を踏み鳴らす。そして怒鳴り散らした。
「行く事は許さない! 絶対に許さないわ!」
真っ直ぐで、一本木で、どこまでも正直なイフリート。
覚えてるわ。あなたの焚き火の温かさ。
あたしを火傷させないように、いつも真剣な顔で焚き火の傍に座り込んでくれていた。
その色彩の美しさも温もりも、全てはあなた自身の心のようだった。
あの時あなたはひざまずき、あたしの手を取り懇願した。
『共に行きたい』と。
あたしは、その手を取ったわ。取ったのよ。だから、だから。
「だから失えるはずがないじゃないの!」
仲間が死にに行くのを黙って見ていろと!?
好きな男が死にに行くのを指をくわえて見ていろと!?
できるわけないでしょう!?
「イフ……リート!」
苦痛に顔を歪め、癒しの風で自身を治癒しながらジンがイフリートに呼びかける。
「謝れイフリート。ちゃんとここに来て、ここで謝れ!」
イフリートの足が止まった。そしてそのまま、彼は静かに言った。
炎の瀑布の轟きの中でも、不思議と良く通る声で。
「謝罪する。我が友であるジンよ」
「ここに来て謝れ! イフリート!」
痛みに耐えつつ、ジンは叫び声を上げた。