表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/182

(10)

「イフリート! イフリート!」

 ノームが必死に呼びかけ、あたしも大声で叫んだ。

「なにやってんのよ! 早く来なさいったら!」


 でもイフリートは何も言わずに、静かに首を横に振った。

 そしてあたし達をじっと見ている。


「イフリート! なにをするつもりですか!?」

「……」

「なにするつもりなんですか!? やめてください!」


 なにをするつもりなのかと問いながら、ノームは気付いている。

 これからイフリートが何をしようとしているのかを。

 予想通りイフリートは無言のまま炎の瀑布に向き直った。そして、一歩踏み出す。


「「やめて!!」」


 あたしとノームが同時に叫んだ。

「イフリート! 行かないでください!」

「戻ってきなさい! そんな事したら死んじゃうわ!」


 イフリートはあの瀑布と対峙するつもりなんだわ! いくらなんでも無茶よ!

 いくらイフリートが炎の精霊とはいえ、あれは、あの瀑布はこの世のものではない!

 この世ならざるものにこの世のものが挑んでも、結果は目に見えている!


「だから戻ってきて! イフリート!」


 イフリートは止まらずにどんどん炎の瀑布に向かって進んでいく。

 彼は恐ろしくはないんだろうか? あんな、あんなものを目の前にして、しかもそれに自ら接近していくなんて。


「イフリート! イフリート! イフリート!」


 ノームはもう半狂乱で水のドームから飛び出そうとした。

 あたしは寸での所でノームを両手で掴み、それを押さえる。


「危ない! 出ちゃだめよノーム!」

「イフリート! イフリート!」

「多分もう外は灼熱地獄よ! イフリートだからまだ耐えられてるんだわ!」

「イフリート! 行かないでください!」

「ドームから出た瞬間、黒焦げになるわ! 出ちゃだめよ!」

「いやです! いや! イフリート!!」


 あたしの声などまるで聞こえていないようにノームは手の中で暴れた。

 あたしもイフリートに向かって懸命に呼びかける。

「さっさと戻ってきてよ! お願いだから!」


 聞こえているはずなのに、それでもイフリートの歩みは止まらない。

 真っ直ぐ前へ進んでいく彼の姿を見たノームが必死の形相になって叫んだ。


「しずくさん、はなしてください!」

「なにバカなこと言ってんの!? 外に出たら死んじゃうって言ってるでしょ!?」


 死んじゃうって言ってるのに出るって言うし!

 こっちに来いって言ってるのにあっちに行くし!

 あぁもう本当にこっちの世界のヤツらは人の話を全然聞かない!

 イフリート! あんたが来さえすれば問題は解決するんだから!

 だから、頼むから行かないで!


「イフリート! 戻って来なかったら一生許さないわよ!」

「イフリート! 行くのは……行くのはかまいません!」

「え!?」


 ノ、ノームなに言ってるの!? かまうでしょ!? 

 行ったらイフリートが死んじゃうのよ!?


「かまわないから、わたしも連れていってください!」


 ノームは涙声でイフリートに訴える。

「わたしもいっしょに行きます! いっしょに! あなたといっしょに!」


 この子はバカなことを! 好きな男と心中するつもり!?


「まだこんな子どものくせして! バカ!」

「いっしょに……いっしょに……!」


 すすり泣く声が手の隙間から聞こえる。

 なんとか手の間から飛び出そうと懸命に暴れながら、ノームは泣き喚き続ける。

 一緒に、あなたと一緒に。その同じ言葉を何度も何度も繰り返しながら。

 あたしの目に涙が盛り上がった。


 一緒になんて無理に決まってるでしょう!?

 外に出た瞬間、あんたは燃えて消滅してしまうの!

 イフリートの元に駆け寄ることも叶わず、その手に包まれることも叶わず!

 死んでしまうのよ!? それでもいいの!? いいの!?

 そんな事も分からなくなるほどイフリートが好きなの!?


 ノームはわぁわぁと、声が枯れるほどに泣き叫び続けた。


「いっしょに、連れていってえぇぇ!!」


 好き……。

 好き、なのね……。

 

 ……。


「ちょっと! イフリートおぉぉ!!」


 あたしはダン! と地面を踏みつけ大声で怒鳴った。

 弾みで両目から涙が一気にボロボロ零れた。

「戻って来いって何べん言わせるつもりなの!!?」

 ダンダンと地団駄を踏み鳴らす。そして怒鳴り散らした。

「行く事は許さない! 絶対に許さないわ!」


 真っ直ぐで、一本木で、どこまでも正直なイフリート。

 覚えてるわ。あなたの焚き火の温かさ。

 あたしを火傷させないように、いつも真剣な顔で焚き火の傍に座り込んでくれていた。

 その色彩の美しさも温もりも、全てはあなた自身の心のようだった。


 あの時あなたはひざまずき、あたしの手を取り懇願した。

『共に行きたい』と。

 あたしは、その手を取ったわ。取ったのよ。だから、だから。


「だから失えるはずがないじゃないの!」


 仲間が死にに行くのを黙って見ていろと!?

 好きな男が死にに行くのを指をくわえて見ていろと!?

 できるわけないでしょう!? 


「イフ……リート!」

 苦痛に顔を歪め、癒しの風で自身を治癒しながらジンがイフリートに呼びかける。


「謝れイフリート。ちゃんとここに来て、ここで謝れ!」


 イフリートの足が止まった。そしてそのまま、彼は静かに言った。

 炎の瀑布の轟きの中でも、不思議と良く通る声で。


「謝罪する。我が友であるジンよ」

「ここに来て謝れ! イフリート!」


痛みに耐えつつ、ジンは叫び声を上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ