(8)
「雫!」
パニック状態でもだえ苦しむあたしの耳に鋭い声が届いた。
炎の竜達を従えるように立つジンの声。
番人を睨みつけながら、ジンは凛とした大声で吠えた。
「なにやってんだお前はまったく!」
……。
……はい?
なにを、やって、いるのか?
ですって?
……。
はああぁぁぁーーー!?
なにやってるって、それはこっちのセリフでしょう!?
なんであたしが、あんたに文句つけられなきゃならないのよ!?
あんたこそ何やってんの!?
確かに物凄い攻撃なのは認めるわよ!
だけどこれって敵も味方も総攻撃じゃないの!
これはもはや、攻撃じゃなくて自滅よ自滅!
これじゃあたし達まで死んじゃうわ! そうなる前に責任持って早くなんとかしなさいよ!
……って罵倒を、ジンに向かって心の中で散々に連発した。
声を大にして主張したいところだけれど、とてもじゃないけどそれどころじゃない。
口を開けたりしたら、熱気でノドも内臓も何もかも焼け爛れそうだ。歯を食いしばって熱さに耐えるだけで精一杯。
それももう、限界。お願いジン、早く、早く!
「早く何とかしろ! 雫!」
あたしは朦朧とした意識で顔を上げた。
「ここはお前の出番だろうが!」
あたし、の、出番?
「守れ! お前の力で! これはお前にしかできないんだ! 自分ができる事をするんだろ!? お前が言った言葉だぞ!?」
あたしが、できる事。
それは、水の力でみんなを守る事。
「ノーム! ノームよ! 頼む!」
イフリートの呼びかける声に、意識混濁状態だったノームがハッとした。
ふたりは一瞬見つめ合い、頷き合う。
ノームの手から勢い良く蔓が延びて、それはジン達の頭上を超え、番人の横をすり抜けてアグアさんの元まで届いた。
そしてアグアさんの体に素早く絡みつき、彼女を引っ張り上げる。
宙を飛ぶようにアグアさんの体が勢いよくこっちに引き寄せられて来る。
そうはさせじ、と番人の杖から細い枝が伸び、アグアさんを追った。
彼女の足首を枝先が捕らえようとした瞬間、ノームの別の蔓が枝に巻きつく。
枝と蔓が互いに激しく暴れて絡み合い、ノームの蔓がブチリと引き千切られた。
「うぐぅ!」
苦痛の声を漏らすノーム。
でもその間にアグアさんは、無事にあたし達のいる所まで運ばれてドサリと地面に落ちた。
「はぁ、はぁ!」
酷く荒い呼吸で体を丸め、ノームは今にも倒れそうだ。
「ノーム、しっかりして!」
「だい、じょうぶ、です」
苦しそうな笑顔でノームはイフリートを見た。
その健気な笑顔に、イフリートは力強く頷き返す。
「さあ雫! 次はお前の番だろう!?」
ジンの声に、あたしはたじろぐばかり。
あたしの番だと言われても、どうやればいいのか分からないのよ。
縋るようにジンを見ても彼は相変わらず番人を睨み据えたままで、あたしの方はチラリとも見ない。
「やってみろ! お前なら大丈夫だ!」
「で、でも」
「やれ! できる! 守ってくれ!」
背を向けたままでジンはあたしを励まし続ける。
「お前ならできる! 絶対に!」
そして番人を睨むジンの険しい表情と口調が、ほんの僅かに変化した。
「これでもオレは、お前を信じているんだぜ? だから、お前もオレの言葉を信じろ」
あたしは、炎の龍を従えた風の精霊の広い背中を見つめた。
あたしの唇が、自然にふわりと和らいでいく。
……まったく。あんたはいつもいつも。
やれ実体化を解けだの、虹の橋を作れだの、神の船を動かせだの。
雨をとめろだの、さっさと走れだの。みんなを守れだのと。
人に自分のツケを払わせようとしてるクセに、偉そうに命令してんじゃないわよ。
あたしはゆっくり背筋を伸ばし、目を閉じた。
そして深呼吸しながら自分に気合いをガッツリ込める。
目を開け、あたしに背中を向けるジンの姿を再びしっかりと見つめた。
あたしの水が、力が湧きあがる。
たおやかに、力強く、枯れることなく湧く泉のように。
絶え間なく寄せ、満ちていく潮のように。
あたしの中で水は湧き、萌え、渦巻き、そしてどこまでも澄み渡る。
ジン、感じるわ。あたし自身の水の力を。
あたし自身ができる事、やりたいと望むことを。
出会った時、あなたはひとりだった。
誰一人として仲間のいない孤立無援の状態で、砂漠に降り立ちあたしと出会った。
そして常に自分の信じるものの為に挑んでいた。
『お前もオレを信じろ』?
バッカじゃないの? あたしはねぇ……
「とっくの昔から信じてるわよ! あんたの事を誰よりも!」
突然、あたしの目の前に小さな水の粒が生まれた。
透明に輝く水の、ほんのわずかな一粒。
そしてそれが大きく弾けて噴水のように飛沫が轟き拡散し、皮膜のようにあたし達のいる一帯を包み込む。
これは、水のドーム。
見渡す視界が雨の滴る窓ガラスのようにうっすらと歪んでいる。
膜の中に常に水が巡り、あたし達を炎の熱から守ってくれているんだわ。
さっきまでの灼熱地獄がウソのよう。
体の芯まで熱く火照った全身を、涼やかな空気が完全に癒してくれた。
歪む視界の向こうで、ジンが自分の手の平をじっと眺めている。
たぶん、ジンの体もこの水の皮膜のようなもので守られているんだ。
あたしが、ジンを守っている!
ジンの手がギュッと強く握り締められ、彼はハッキリと微笑んだ。
その笑顔は、明らかにあたしに向けられていた。