砂漠の男神(1)
う…わああぁ~~……。
あたしは目の前の建造物を、感嘆しながら見上げた。
これが、砂漠の神殿かぁ。
デカい。とにかくデカいわ! 縦にも横にもデカ過ぎる!!
虹の橋を流れている時に、神殿が見え始めた時からもうその大きさに驚いていた。
遥か天上から見下ろす状態でも、正確な面積の見当も付かないほど。
みみっちい発想だけど建坪どれくらいなのかしら? 小さな町くらいの大きさは、間違いなくあったと思う。
虹から降りて間近から見上げて、さらに実感。
デカい、高い、広い。完璧に三拍子揃ってる。ふわあぁぁ~~。
半分呆れながら溜め息をつく。
だってデカいだけじゃないのよ。呆れる要素が。
これ、砂岩っていうのかな? すごくナチュラルな風合いの石材で作り上げられている神殿。
ドーム型の屋根が、向こう世界で言うところのオリエンタルな印象を強くしてる。
けど細長い尖塔とかはヨーロッパ風で、その混じり具合が絶妙にエキゾチックだ。
正面入り口に、円柱がずらぁ!っと整然と並んでるんだけど、それに彫り込まれてる彫刻が死ぬほど細かいの!
虫眼鏡が欲しくなるほど精密な文様が表面にビ~ッチリ!
幾何学模様だっけ? なんか、そんな感じの模様がすーっごい色彩豊かに彫られてる。
青、黄色、紫、緑、赤。
巨大な神殿全体が、極彩色のパラダイス状態。
黄色ぐらいしか色味の無い砂漠の中で、この神殿はまさに極楽浄土だわ。
後光を差したお釈迦様が中から現れそうよ。宗教違うけど。
でもあまりの派手さに、逆に俗っぽくてありがたみは薄い。
侘び寂びを好む日本人には、少々理解不能かも。よその文化ってこんなもんなのかしらね?
ビックリしたり呆れたりしてるあたしの横を、風の精霊がスッと歩いて行く。
あたしは慌ててその背中を追った。
ちょっと、こんな所に置いていかないでよ!
入り口から中へ入っても、その華やかさは一向に変わらない。外観と同じ鮮やかな色彩で埋め尽くされている。
滅多やたらと高いドーム型の天井に至るまで、手抜かりなく掘り込まれた極細な文様。
壁、柱、床。まさに、お見事! のひと言に尽きる。
でも、その中を歩く風の精霊の表情は厳しくて、あたしもすぐその理由に気が付いた。
おかしい。…人っ子ひとりいない。
神の聖域なんだから人間がいないのは分かる。
でもそれにしたって、これは静か過ぎる。静寂っていうよりも生気が無い。
閉館後の博物館みたいな、不気味な静けさだ。
静まり返った空間に、あたしのヒールの音だけが無意味に高く響く。
その物寂しげな音を聞きながら周囲を良く見れば…
なにこれ? 崩れてるじゃないの。
あちこちの壁や柱の表面が崩れて剥げている。元が見事な細工なだけに、余計に痛々しく感じる。
向こうに見えるあの場所は中庭かしら。中央の建築物は多分、大きな噴水なんだろうけれど、水一滴、流れてはいない。
周囲を取り囲んでいる大量の立ち木同様、完全に枯れ果てている。
この木々が全部元気な状態なら、どれほど素晴らしい中庭だろう。まさに砂漠のオアシスだ。
この廃れ具合はなんなの?
外観はまだ何とか保っていても、中はかなりボロボロだわ。
末期症状な病を体内に抱え込んでいる人間みたい。まるで廃墟だ。
あたしと同じように周囲の様子を確認していた風の精霊が、険しい表情で呟いた。
「眷属も残らず消滅したか」
「けんぞく?」
「神の使いの総称だ。ここにはたくさんの眷属達が居て、賑わっていたんだ」
神の使いが消滅してしまった? そんな事があるの?
ろくに信仰心も無いあたしだけど、それが良い現象でない事だけは何となく分かる。
どうやら事態はかなり深刻らしい。
どんな事態なのかはまだ見当もつかないんだけれど。
不安を抱えながら歩くあたしの耳に、何かが聞こえた気がした。
ん? と左右を見回したけれど何もいない。
空耳かしら? でも確かに、何か不規則な反響音が聞こえたような…。
「雫」
「えっ!? あ、なに!?」
風の精霊にいきなり名前を呼ばれてドキッとした。
半人間って呼ばれるのは嫌だけど、下の名前を呼び捨てにされるのも何か変な感じ。
だからって、「相原さん」なんてコイツに呼ばれたりしたら体中に湿疹が出そうだし。
「…来るぞ」
「な、なにが?」
あたしは思わず風の精霊に寄り添い、身を硬くした。
やっぱり空耳じゃなかったのね? 何が来るっていうの?
やだやだ! 突然こんな廃墟の神殿に出てくる定番っていったら、やっぱりモンスター!?
嫌ぁ! 化け物怖い! お願い助けて!!
あたしは精霊の腕にしがみ付いて顔を引き攣らせた。
「ちょっと! あんたって戦えるんでしょうね!?」
「戦う?」
「そうよ! ちゃんとあたしを守ってよね!?」
「なぜオレが、砂漠の神と戦うんだ?」
「へ? 砂漠の神?」




