表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
158/182

(6)

 ―― ドシュゥッ!!

 大音量と共に突然閃光が走り、あたしは驚いて顔を上げる。

 三本の石柱のうちの一本が、真っ白な光を周囲に放ちながら轟々と鳴り響いていた。

 眩いばかりの極太な光が石柱から真っ直ぐ天に向かい、黒い雲に向かって突き刺 すように伸びている。


「まずは、ひとつ」


 ……番人!


 いつの間にか番人が石柱の傍に立ち、光を見上げている。

 その表情からは何も読み取る事ができない。


「貴様! 何をしたのだ!?」


 いまだ脱力状態のあたし達に代わり、ヴァニスが叫んだ。

 番人は振り向きもせず、返答もせず、ひたすら天に伸びる光を見続けている。

「答えよ! 番人!」

 イラつき、怒りを孕んだヴァニスの叫びに番人はようやく口を開いた。


「王よ、答えずとも知っているはず」

「余が知っている!? なにを知っていると言うのか!?」

「これは、代償である」


 代償? なにが? なんの?

 始祖の神の復活には何か特別な力が必要らしいとは、確かに聞いたけれど。

 そのあたしの疑問をヴァニスが番人に問う。


「代償だと!? いったい何の事だ!?」

「知れたこと。人間が神に対して払った物と同じである」

「なに!?」


 人間が、神に対して払ったもの? それは……。

 命だ!

 人間は大きな望みを叶える為に、それに相応しいだけの人身御供を神に差し出した! それでようやく望みは叶えられてきた!


 神への望みを叶えるために必要な代償とは、常に、命なんだ!


「我が主、大いなる始祖の神の復活。その望みを叶えるための代償たるや計り知れぬ。世界を支える三種の生命。その中でも特別な命が必要なのだ」


 世界を支える三種。

 神、精霊、人間。そしてそれぞれの種の中で最も貴重で特別な命。

 その三つの命が石柱に捧げられた時に。


「始祖の神が復活する」


 定められた歴史の教科書を読むような声で、それが当然と言わんばかりに番人が語る。


「神の中で最も純粋な心と愛を持ち得た神、モネグロス。この命こそが代償に相応しい」


 至極満足げな番人を、あたしは穴が開くほどに凝視した。

 じゃあ、なに? モネグロスは生贄にされたの?


 もしかして最初から狙われていたの?


 世界を汚染する為。神の命を捧げる為。

 モネグロスとアグアさんは、まさに格好の餌食として目をつけられていた。


 ふたりを引き裂き、離れ離れにして、疑心を植えつけて。

 アグアさんを餌にしてモネグロスをおびき寄せて。

 そしてふたりの愛を徹底的に利用して、メチャクチャに踏みにじって。


 あげく最期に、彼女自身にとどめを刺させた。

 始祖の神復活という、自分の欲望を叶える為の生贄として。


 ……なんて酷い事を! なんて、非道な真似を!

 番人! あんたは!


 憤るあたしの目の前で、何も知らぬアグアさんは笑い続けていた。

 モネグロスの遺した砂を、汚らわしい物でも扱うように蹴散らしながら笑っていた。

 その哀れな姿を見て、あたしの中に堪えきれない感情が大きく膨れ上がる。

 激しく頭を左右に振って、乱れた髪の毛先が頬に突き刺さるように当たる。


 違う! こんなのは違う!

 こんな理由で全てが失われてしまうなんて!

 皆が、かけがえのない大切な物を奪われてしまったなんて!


 これでいいはずがない!

 せめてモネグロスの想いはアグアさんに伝わらなければならない!

 それによってアグアさんが真実を知る事になっても!

 それで絶望の底に落ちる事になったとしても!

 それでもモネグロスの愛は、アグアさんにだけは伝わらなければならない!


 体がカッと熱くなり、込み上がる強い感情が鼓動を速める。

 全身の細胞が目覚めるように水に共鳴していく。

 水。水。あたしの中の水が。


 ―― ポウ……


 アグアさんの足元の地面が突然淡い光を放ち始めた。

 小さな小さな丸い光がたくさん、まるでアグアさんを囲むように光っている。


 あれは……モネグロスの涙だわ!


 モネグロスが最期に流した幾粒もの涙の雫が、うろたえるアグアさんを包み込むように光を帯びて浮き上がっている。


『アグア。愛しの君よ』


 聞き慣れた声が響いて、驚いたアグアさんが周囲を見渡す。

 ひとつの涙の雫が一際大きく輝き、その光の中にモネグロスの幻影が浮かび上がった。

 あの姿は初めて会った時のモネグロスだわ。

 砂漠の神殿で衰弱し、アグアさんに会える日を切望していたモネグロスの姿。


『アグアに会いたい』

 思いのこもった言葉を残し、ひとつの光が消えた。


 それから次々と、ひとつひとつの光がモネグロスの姿に変わっていく。

 そして彼の言葉が重なるように響いた。


『アグアは私の全てです。この手で・・・取り戻したい』


『アグアよ、待っていて下さい! 私は今そこへ行きます!』


 彼の優しい真っ直ぐな瞳と声が真摯な愛を訴えて、力尽きるように消えていく。

 あれは、あたしの中のモネグロスの記憶。

 あたしが記憶するモネグロスの真実の心。

 あたしの記憶と、モネグロスが最期に残した想いが共鳴しているんだわ。


『アグアに会うまで、私は絶対に消滅するわけにはいきません』


『私にとって何より大切なのはアグアです』


 アグアさんは目に見えて狼狽している。

 憔悴し切ったモネグロスが、必死に自分への変わらぬ愛を誓う姿に。

 その、ひとつひとつの言葉の強さと深さに。

 そんな……そんなバカな、と。

 もしこれが真実なら、そうなのだとしたら。

 なら、自分は……。


『アグア! 私のアグア!』


 振り絞るような絶叫に彼女はビクンと震えた。

 そして光の中のモネグロスの幻影と目を合わせる。

 紛れも無い真実の愛に染められたその目に、彼女は縫い付けられたように動けない。

 モネグロスの切ない叫びと想いを告げて、光はまたひとつ消えていく。


『愛しい君。私は、ここに……』


 消滅しかけたモネグロスが、涙と共に城を見上げている。

 自分の命よりも大切な愛する者を求める姿。懸命に伸ばされる指先。


『アグア……。永遠の魂の片割れ……』


 焦がれる想い。偽りの無い愛。

 ひとつ、またひとつ、告げては儚く消えていく。


『会いたかった。アグア……』


 そして。


 それが、最後だった。


 喜びの涙に溢れ、最期の愛を捧げたモネグロスの光が、消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ