(5)
…………。
「モネグロ、ス……?」
モネグロスが、消えた?
あたしはその場にヘナヘナと崩れ落ちた。
彼の姿を探して、ほんの僅かな影でも見逃さないように、懸命に懸命に目を凝らした。
どこかに。きっとどこかに。きっと……。
でも……。
いくら探しても、もう。
モネグロスはいなかった。
彼の名残は、土の上に残された砂粒と。
彼が最期に流した、透明な涙の粒だけ。
あたしは涙で霞んだ視界で、その砂を見つめた。
砂に重なるように、モネグロスの様々な表情が思い浮かぶ。
笑顔のモネグロス。泣き虫なモネグロス。純粋なモネグロス。頼りないモネグロス。
一途に、ひたすら一途にアグアさんを愛し続けたモネグロス。
「う……」
涙が込み上げ、息が詰まる。
「ううぅ……」
彼は、その……。
「うわあああぁぁーーーーー!!!」
その、最愛のアグアさんによって殺されてしまった!
あたしはガクリとうな垂れ、両手で強く土を掻き毟り泣き叫ぶ。
爪の間に土がザリザリとめり込んだ。
よりによって! よりによってこんな!
あんなにも愛したのに! アグアさんへの愛だけが全てだったのに!
彼は自分の命を繋ぐたった一本の細い糸を、目の前で断ち切られてしまった!
真実の愛を捧げた者の手によって!
こんな悲劇、あっていいわけがない!
ボタボタと涙が地面に落ちて、あたしは肩を震わし嗚咽する。
泣いても泣いても、尽きることなく熱い涙が迸る。
なのに、泣きわめき続けるあたしとは対照的に……。
アグアさんは笑い続けていた。低く低く、恨みの色濃い声で。
あたしにはその気持ちが手に取るように分かった。
あぁ、彼女は喜んでいる。
自分の愛を裏切った相手に復讐を果たし、愉悦の境地に浸っている。
さぞ、満足だろう。今は。
違うのに。それは間違っているのに。
自分の命すら顧みないほどに彼はあなたを愛していたのに。
その愛には、一片の曇りも無かったのに。
彼女は信じることができなかった。
誰かを想う感情は、強ければ強いほど、固ければ固いほど、一度ヒビが入ればそれは根深い。
本人の手にも及ばぬほどの深遠に傷は至り、修復不能なほどに汚染されてしまう。
そう。自分でもどうにもできないほどに。
ノドを振り絞るように泣きながら、あたしは思う。
もう、どうにもできなかったんだ。アグアさん自身にも。
本気で深く愛していたからこそ、彼女は堕ちた。道を外してしまった。
あぁ「どうしてあの時」と、どれほど後悔してももう遅い。
彼女は自分自身で手を下してしまった。もはや後戻りも言い訳もできない。
アグアさんは、モネグロスを、殺してしまった。
騙されていたんだとか、しかたなかったとか。
それは、そんな事はもうこの現実の前では。
無情極まるこの現実の前ではもう、なんの慰めにもならない。
なりようが、ない……。
「モネグロス……アグア……」
あたしは嗚咽しながら振り向いた。
ジンとイフリートとノームが地面にへたり込んでいる。
みんな両目を見開き、唖然とし、目の前の現実を眺めている。
「嘘だろぉぉ……?」
力の無い、呟くような声。
ジンにとってこれは最も受け入れ難い現実。
盟友モネグロスが、盟友アグアによって殺された。
彼と固い絆で結ばれていたふたりが。
完璧な一対と褒め称え、砂漠の誇りと信じて疑わなかったふたりが崩れ去ってしまった。
砂漠の神殿は崩壊し、眷属達も消滅した。
神の船も、もはや無い。
命の源である水の精霊アグアは完全に汚染されて堕ち果てた。
神、モネグロスは……死んだ。
あたしはジンの隣に座り込み、その肩を抱きしめる。
完全に表情を失ってしまったジンはまるで別人のようだった。
こんな抜け殻のようなジンは見たことが無い。
モネグロスもアグアさんもジンも。
みんな、取り返しのつかない大切なものを喪失してしまった。
もう、どこにも無いんだわ。無い。
失ってしまったんだわ。
胸を押し潰されるような深い喪失感に、あたしには泣く事しかできない。
この悲しみをどうすればいいの?
ジンを抱きしめ、声を上げて泣く以外にどうすればいい!?
なにを、いったい何をどうすればいいというの!?