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(3)

 横を走るヴァニスのスピードがドンッとアップして、あたしを一気に引き離した。

 その後を追い、あたしも全力でジン達に向かって駆ける。


 やめて! ジン達に近寄らないで!


 でも到底間に合わず、番人の片手がジン達に向かって動き始め、あたしは血相を変えた。

 ……間に合わない! いやあぁ!


 突然、番人の手の動きがピタッと停止した。

 いや、自分の意思で止めたというより、何かに掴まれて動きを止められてしまったような?


 良く見ると、番人の腕全体が細かい粉塵のようなもので包み込まれている。

 あれは、何だろう? キラキラ輝いていて、まるで……。


 砂!? モネグロスの砂!?


 あたしの視線は番人からモネグロスへと移った。

 石柱の間に横たわったモネグロスが、懸命に右手を番人の方へ向けて伸ばしている。

 まるで楽器でも奏でるように、彼の指先が繊細に動いているのが見えた。

 その動きに合わせるように、番人の腕からプスプスと白い煙が立ち昇る。


 息も絶え絶えのモネグロスが、力を振り絞ってジン達を守ろうとしてくれているんだわ!


 それに対して、煙の昇る自分の腕を無表情に眺める番人。

 おもむろにモネグロスの方へ向き直り、ゆっくりその腕を高々と頭上へ掲げた。

 そして、思い切り勢い良く下へ振り下ろす。

 それだけでモネグロスの砂は力を失ったように、番人の腕からザザッと地面に落ちてしまった。

 番人はまるきり無傷な自分の腕を、見せ付けるように再び頭上に上げる。


「くっ……!」

 モネグロスが無念の呻き声を上げて、力尽きたようにバタリと突っ伏した。

 あぁ、ダメだった! 弱った神の力では、あの番人には敵わない!


 歯ぎしりしながら無表情の番人を睨みつけると、不意にその体が影に覆われた。

 いつの間にか剣を両手に構えたヴァニスが、一足飛びに番人の背後に近寄って飛び上がっていた。

 頭上高く掲げた剣を、見事な跳躍で上から気合諸共、一刀両断。渾身の力で振り下ろす。

 刃に刻まれた王家の紋章がギラリと鋭い光を放った。


 ……よし、斬る!! 番人の体を!!


 そう確信した瞬間、ヴァニスに背中を向けたままの番人の姿が忽然と消滅した。

 刃は虚しく空を切り、地面を切るように叩きつけられる。

 バランスを崩したヴァニスがゴロゴロと転倒するのを見て、あたしは地団太踏んで悔しがった。


 あぁ! あと少しだったのに!

 なんてしぶといのよ!

 しかも自分の強さを見せ付けるような、憎っったらしい品の無い真似までしてくれて!

 まったくもって、お里が知れるってもんだわ!

 やたらと長生きしてきたくせに、やってる事は生意気盛りのガキそっくり!

 そのうえケツ捲って逃げるなんて卑怯よ! 時間稼ぎのつもり!?


「隠れてないで出てきなさいよ! 番人!」


 見えない番人に向かい、あたしは四方八方に向かってがなり立てた。

 するとその時、モネグロスの全身がぼうっと揺らめくように光っているのに気が付いた。

 あれは……!


 モネグロスの体が蛍の光のように点滅しながら、どんどん透明化していく。

 あたしはヒッと息を呑んだ。

 あれは水の精霊が消滅した時と同じ光! 

 とうとうその時が来てしまったの!? ああ、モネグロスが消滅してしまう!


 あたしはジンの所へ駆け寄り、無我夢中でその体を揺さぶった。

「ジン! ジン! モネグロスが!!」

 ぼろぼろに傷付いたジンは完全に脱力し、意識を喪失してしまっている。

 どんなに強く揺すっても、閉じられた両目は開かれる気配がまったく無い。


 ジン! 気を失ってる場合じゃないのよ! あなたの大事なモネグロスが!

 モネグロスがついに消滅してしまうのよ!!

「お願い目を覚ましてーーー!!」

 あたしは力任せに彼の背中を殴りつけ、叫び続けた。


「……グア……」

 あたしの叫びの合い間に、微かに聞こえる儚げな声。

「アグア、アグア……」


 愛しい者の名を呼ぶモネグロスの切ない声。

 体の半分が透けてしまって、彼の存在はもはや風前の灯だった。

 意識もほとんど無いのだろう。

 声も、目も、体も、なにもかも、儚い夢幻のように成り果てて。


 それでもなお、彼は呼び続ける。愛しい者の名を、心を込めて繰り返し。


「アグア」

 ひと声呼ぶ毎に、体が透ける。


「ア、グア」

 また一層、体が透けていく。

 透けた瞳がキラリと輝き、大きな涙が、儚い頬を伝ってホロリホロリと滑り落ちていく。


「アグア、愛しい、アグア……」

 その限りなく優しく、どこまでも温かな響き。

 彼にとって、アグアさんへの愛が全て。

 もはや彼の存在を支えているのはアグアさんへの愛だけ。

 それがまるで細い一本の糸のように、ギリギリで世界に繋ぎ止めている。


 こんな愛をあたしは知らない。

 これほど深く純粋な愛情をあたしは知らない。

 それなのに。

 この美しい心も愛も、いま無残に世界から消滅させられようとしている!


 これが真実の愛を知った者への仕打ちだと言うの!?

 このまま逝かせはしない! なんとしてもモネグロスを助けなければ!

 彼が非業の最期を遂げるような、そんな事は認められない!


 あたしは立ち上がり、モネグロスの元へ駆け寄ろうとして、思わず足を止めた。


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