(2)
まさか、まさかあの巨大な炎をジン達に!?
あたしの顔から血の気が引いた。
ジン! イフリート! ノーム! 逃げて! なんとかして逃げて!
お願い! このままじゃ殺されてしまうわ!!
お願い! お願い! あぁ、嫌ーーーーー!!
あたしはパニック状態になり、心の中で泣き叫んだ。
あたしの叫びも虚しく、巨大な炎がジン達を目掛けて一気に落下する。
身の反り返るような激しい熱風がここまで届き、あたしの全身を熱で痛めつけた。
うあぁ! あ、熱いぃーーー!
逃げ出すすべの無いジン達は全員、一瞬にして目の前で業火に飲み込まれた。
紅蓮の炎が悪魔のように、愛するものを焼き尽くしていく。
灼熱と、目に突き刺さるような紅と、天に届くほどの炎の中にジンが!!
その信じられない悲惨な光景に、声も無くあたしは絶叫する。
あまりの事に脳が拒絶反応を起こし意識を失いかけていた。
助けて! このままでは全てが焼き尽くされてしまう!
あたしが半分意識を失った状態でいる間に、炎は徐々に勢いを弱めていった。
少しずつ萎むように小さくなっていく様子を見ながら、あたしは呆けたように、ただジンの事を思う。
そして荒れ狂う風も炎も、完全に消滅した。
ジン達のいた部分の地面は黒焦げだった。
なにもかも、全てがただ黒一色に焼き尽くされて、もはや何ひとつ残されてはいなかった。本当に何ひとつ。
何ひとつ、残さずに……ジンが燃やし尽くされた?
嘘よ。嘘だ。そんなの、嘘。
パラリと、何かが崩れ落ちるような音が聞こえた。
ポロポロポロッと、音は断続的に聞こえてくる。
疑問に思って目を凝らすと、黒焦げの地面に何かが見えた。
黒一辺倒で良く見えないのだけれど、土が小山のように盛り上がっているらしい。
完全に焼け焦げたその小山全体がたちまち脆く崩れ落ちた。
そしてその中から……。
「ジンーーーーー!!」
あたしは頭のてっぺんから声を張り上げた。
重なるように倒れているジン達の姿が見える。
ノームが土の力で守ってくれたんだわ!
あぁ! 良かった! 良かった! 良かった!
本当に死んでしまったのかと思った!! ノームがいてくれて良かった!!
みんなの無事な姿を見て喜びの涙を流すあたしに、ヴァニスが言った。
「雫よ、お前のお陰だ」
「え? あ、あたし?」
あたしは何もしていないわ。
というか、何もできなかったんだけれど。
「いや、お前の力だ。距離があるとはいえ、あの熱風にさらされては余達も無事では済まないはずなのに」
そういえば凄い熱風を浴びて、あたしも全身が痛かった。
でも見たところ、あたしもヴァニスもどこも火傷をしている様子は無い。
「確かにお前の水の守護の力を感じた。きっと精霊達にもその加護があったはずだ。土の精霊の力だけでは持ちこたえられなかったであろう。雫、よくやったぞ」
あたしの力。
ジン達が炎に巻かれている間、あたしは半分失神状態だった。
無意識にひたすら祈り続けていた。お願いだから助けてって。
じゃあ救いを求めるあたしの心が、無意識に水の力を発動させていたってこと?
もしそうなら、とても嬉しい。
あたしなんて何も出来ない半人間だと思ってたけれど、ちゃんと皆を守ることができたのね?
どうやったのかは自分でも全然記憶に無いから、次も出来るかはまったく自信ないけど。
ヴァニスが颯爽と立ち上がり、あたしもソロソロと立ち上がる。
あ、膝関節が痛くないわ。てっきり折れていると思うほど強い痛みがあったのに。
ひょっとしたら水の力で回復したのかもしれない。
「行くぞ!」
かなりのダメージを受けたはずのヴァニスも軽やかに走り出す。やっぱり回復してる!
あたしも後を追って走り出し、ジン達の元へ向かった。
番人の力は凄まじい。
精霊の能力全てを操る事が可能だと以前に聞いたけれど、まさかここまでとは思わなかった。
ジンやイフリートの攻撃もまるで歯が立たなかった。
ノームの防御能力もどこまで通用するか分からない。
倒れて動かない様子からして、彼らのダメージは相当だろう。
一抹の不安を感じる。
あたし達の力で本当に始祖の神の復活を止める事ができるのだろうか。
もしこのまま番人にまるで敵わなかったら、その時世界は……。
あたしは首を横に振った。
自分で自分にしっかりと言い聞かせながら、心の中の不安感を無理に横へ押しやる。
弱気になったらだめだわ。何があったところで、今さら逃げ出すわけにはいかない。
世界の破壊が嫌ならここで戦って、絶対に番人に勝つしかないんだから。
ここ一番って今この時にこそ、あたしの水の力がもっと自由自在に扱えたらいいのに。
「!!?」
前を走るヴァニスから緊張が伝わった。
何事かと前方を確認するあたしにも緊張が走る。
番人が倒れているジン達のすぐそばに近寄り、動かない彼らをじっと見下ろしていた。