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代償(1)

 町を抜け、周囲に人工的な建造物は何も見当たらなくなった。

 やがてどこまでも広がる草原と、その彼方に立つ三本の石柱が見えてきた。


 見えた! 始祖の神降臨の場所!


 以前とは違い、その周辺の空気は一変していた。

 夜かと見紛う暗い空と、一際黒い厚い雲が、石柱の真上をまるで意思を持っているかのようグルグルと渦巻いている。

 こんな不気味な空なんて見た事も無い。

 あたしは圧倒されてゴクリとツバを飲んだ。


 空の色も雲の厚さも何もかもが、何か、とてつもなく悪しきものの襲来を予兆している。

 まだ石柱までは距離があるのに、あの時と同じ唸る音がここまで響いて来る。

 まるで何かを呼ぶために共鳴しているような振動音に、あたしは戦慄した。

 もう始祖の神の降臨が始まっているの!?


 ヴァニスは掛声も勇ましく馬を全速力で走らせる。

 距離が少しずつ近づくに連れて、三本の石柱の真ん中辺りに何かが見えてきて、あたしは目を凝らした。

 なに? あれは……あれは……


「モネグロス!!」


 モネグロスが倒れている! いや、あれは倒れているというよりもむしろ。


 捧げられている!?


 まるで誰かに整えられたように、行儀の良い姿でモネグロスは横たわり、そしてピクリとも動かない。

 意識不明!? まさか、死んでる!?

「モネグロス! モネグロス! モネグロスーー!!」

 あたしはノドを振り絞るように彼の名を呼び続けた。

 モネグロスのすぐ横に、誰かが佇んでいるのが見える。

 薄暗い空間の中、浮かび上がるような白い影。


 「番人!! あんた! モネグロスに何をしたの!?」


 叫ぶあたしの頭上に、不意にジンとイフリートの姿が現れた。

「番人ーーー!!」

 怒声を張り上げ、凄いスピードで番人の元へ飛んで行くジンの髪と服が、風を孕んでボッと膨らむのが見えた。


「モネグロスから離れろおおぉ!!」


 叫びと共に、目に見えない風の刃が地面をも切り裂きながら番人に襲い掛かる。

 同時にイフリートの怒りも爆発した。

 形相を変えたイフリートが、巨大な紅蓮の火の玉を番人に向けて放つ。

 風と火の連鎖攻撃。

 炎の鎧を身に纏った風の刃が、轟音と共に番人に飛び掛った。


 番人はゆっくりと振り返る。そして。


 ―― ドオオォォ・・・ン!!


 とてつもない風と衝撃が襲ってきて、あたしとヴァニスと双頭の馬が、揃って宙を吹っ飛んだ。

 地面に激しく叩きつけられ、勢い余ってゴロゴロと転がる。


 なにが……起きた? 起きているの?


 全身が激しく痛む。一番先に地面に激突した左足の膝関節が特に酷く痛んだ。

 これ、ひょっとして折れてるのかもしれない。

 グラグラと回る目と頭で、あたしは周囲の状況を理解しようとした。


 双頭の馬は、あたしから少し離れた場所で地面に倒れていた。

 何とか立ち上がろうとして力を振り絞り、でも虚しくその場に崩れ落ち、やがて動かなくなった。


 ヴァニスは一番遠くに飛ばされてしまっていた。

 視界の端に、やはり立ち上がろうと蠢いている姿が見える。

 遠目でもはっきりと分かるほどに苦悶しているその姿は、彼の受けたダメージの大きさを如実に物語っていた。


 そのあたし達の上を、恐ろしいまでの強力な風が轟々と吹き渡っていた。


 なんなの!? この風!?

 風というより、見えない分厚い巨大な壁に激突した感触だった!


 髪の毛も服もバタバタと音を立てて風に翻る。

 顔に猛烈に叩き付けてくる風のせいで空気が吸えない! 苦しい!

 風の轟音のせいで耳が痛い! 何も、何も聞こえない!


 あたしも何とか動こうとして身を起こし、途端に風で体がフワリと浮きかけてしまって慌てて草にしがみ付いた。

 動いた拍子にまた膝関節と全身に痛みが走る。


 み、んな。みんな大丈夫!?

 ジン、ジン……。みんな、どこ?

 ジ……


 いた!!


 ジン達も地面に倒れ、強烈な風にその身をさらされていた。

 まるで縫い付けられているように、ひしゃげたような格好で地面に張り付いている。

 あまりにも強烈な風に押さえつけられて、指一本動かす事が出来ないんだわ!

 いったいどれほどの風圧を受けているの!?


 彼の名を呼びたくとも、呼吸すらままならず声も出ない。

 この悲惨な現状の中で番人は、微動だにせず悠々と立っている。

 平然と顔色ひとつ変えずに、これほどの力を発揮するなんて!

 さすが破壊の神の眷属だわ! 実はあんたこそ怪物なんじゃないの!?


 やがて風の威力のせいで地面の土が抉れて吹き飛ばされ始めた。

 まるで砲弾のような土の塊りや岩が、容赦無くジンとイフリートに襲い掛かる!

 指一本動かせない状態で、彼らは一切防御が叶わない。

 怒涛の飛礫がメチャクチャに彼らの全身を激しく痛めつける。


 あたしは泣きながら手の中の草を千切れるほど握り締め、その光景を見ていた。

 なにもできないなんて! 

 大事なものが傷つけられるのを、見ている事しかできないなんて!

 嫌ああぁ! ジン!! イフリート!!


 いつの間にかヴァニスが、あたしの隣までにじり寄って来ていた。

 黒髪が激しい風に煽られて、天に吸い上げられるように踊っている。

 必死に地面に這いつくばりながら進んできたんだろう。目があたしの無事を問いかけている。

 あたしの無事よりも、ジンが! イフリートが!


 ―― ビュルルルルッ!!


 突如、ジン達の周辺の地面から膨大な数の蔓が一斉に伸び出した。

 蔓同士が素早く絡み合い、立ちはだかる巨大な壁を作り出す。

 その壁が飛礫の攻撃からジン達の身を守ってくれた。

 イフリートの服の肩口あたりがモゾモゾと動いて、見慣れた緑色の髪が少しだけ覗いていた。


 ノーム、無事だったのね!? あぁ良かった! これでなんとか助か・・・


 あたしの安堵はすぐに否定される事になった。

 突然ジン達の遥か頭上に、燃え盛る巨大な炎の球が出現した。

 イフリートの炎の球が赤子に見えるほどの巨大な球が、猛烈なこの風をものともせず、轟々と生き物のように紅く激しく燃え揺れる。


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