(6)
近寄ろうとする兵士達を蹴散らすように馬は疾走する。
城の敷地を抜けるまで何度か集団に襲われかけたけれど、ジンとイフリートがあたし達を守ってくれた。
風に乗った鋭い炎が、強烈な火炎放射のように兵士達の足元を焼く。
燃え上がる炎で出来た柵のように揺れ踊る炎に恐れをなして、兵士達はこっちに近づけない。
馬は炎を恐れる様子も無く悠々と駆け抜け、そして城下町へ差し掛かった。
城下町は騒動と混乱を極め、いたる所で争いが起きている。
建物は破壊され、あちこちで乱闘が起き、火が上がり煙が暗い空に立ち昇る。
「寄こせ! これは俺の物だ!」
「いいや俺のだ! 手を離せ!」
略奪も起こっているらしい。怪我をして血まみれの人間達がたくさん路上に倒れていた。
ヴァニスが馬を走らせながら、悲壮極まる表情でそんな町の様子を見回す。
あたしもこの惨状に心底嘆き、そして心配した。やはりこんな事になってしまったのね。
女性や子ども、お年寄り達は大丈夫かしら。どこかに避難しているといいけれど。
あぁ! あの女の子達はどうしているだろう!
ロッテンマイヤーさんなら、城下の混乱にも手配を回してくれるだろうけど。
今は城の人達の救助で手一杯だろうし、それまでの間に死傷者がどれだけ増えてしまうだろうか。
たまらぬ思いでいるあたしの頬に、一陣の強い風が吹く。そして複数の風鳴りが聞こえた。
風の音に驚いたように馬はいななき、首を振ってその場に立ち止まった。
う、うわ! あんまり首振らないで!
ふと上を見上げると前方上空に複数の人影が浮いている。
あ、あれは確か、あの時ジンを襲った風の精霊の仲間達だ。
精霊達は空中からじっとヴァニスを見下ろしていた。
ヴァニスは興奮する馬を宥めながら、その視線を正面から受け止める。
ど、どうしよう! まさか、この混乱に乗じてヴァニスに復讐をするつもり!?
焦るあたしを宥めるような風が巻き起こり、ジンの姿が突然目の前に現れた。
次いでイフリート、ノームの姿も現れる。
そしてあたし達を庇うように馬の前に立ちはだかった。
「よう、兄弟」
「……」
ジンが風の精霊達に軽く片手を上げて挨拶する。
それには応えず、精霊のひとりが静かに語りかけてきた。
「この事態は、いったい何事だ?」
「お前達も、もう大体は感じ取ってるんじゃないか? 長が裏切った」
「……」
「いや、元から仲間じゃなかったんだとさ。だからお前達、オレに手を貸せよ」
「手を貸す? なぜ?」
「このままじゃ世界が破滅する」
精霊達は再びヴァニスへ視線を移した。
ヴァニスは臆することなく、全員を順に見返しながら言った。
「精霊達よ、無礼と非礼を承知の上で懇願する。どうか手を貸してくれまいか?」
そして、深々と頭を下げた。
あたしはもう、さっきから気が気じゃない。
もしもこのまま戦闘に突入になったら、もう町は壊滅だわ。
どうかお願い精霊達! いろいろ思うところはあるだろうけど、どうか手を貸して!
精霊達はお互いの顔を見合わせて頷き合い、揃って口を開く。
「お前には大きな借りがある。風の兄弟よ」
「これで以前のお前への仕打ちを許してくれるだろうか?」
「世界の破滅はオレ達も本意では無い。協力しよう。人間の王よ」
あ……
ありがとう! ありがとう精霊達! よくぞ納得してくれたわ!
「本当にありがとう! みんな!」
ろくろ首にぶら下がりながらあたしはお礼の言葉を叫ぶ。
こんな格好で失礼だけど、ぜひ言わせて!
あ、あとあの時、襲い掛かっちゃってごめんなさい!
ヴァニスも心からの謝意を彼らに伝え、彼らはその言葉を丁重に受け取った。
「それじゃ、さっそく頼むぜ。まずはノーム」
「はい。わたしのなかまたちに伝達をたのみました。すぐに精霊ぜんたいに事情が通達されるはずです」
「じゃあ、水の精霊達には火災の鎮火と怪我人の治療をお願いしましょう」
ついでにあちこちで乱闘してる血の気の多いヤツらの頭に、水でもぶっかけといて!
「我の仲間も、鎮火と乱闘の収束に尽力するのが良しと思われ」
「わかった。では我ら風の精霊も、収束と治癒に手を貸そう」
「精霊よ、感謝する。きっともうすぐ城からの救助隊も派遣されるはずだ」
「兄弟達、頼むぞ! オレ達はこれから始祖の神降臨の場へ向かう!」
ジンと風の精霊達は互いを励まし合うように見詰め合う。
もうこれで大丈夫だわ! 精霊達のお陰で被害は最小限に抑えられるはず。
「良かったわ。みんなが協力してくれて本当に良かった」
あたしの心は言い表せない感動で一杯だった。
「当たり前だろ?こんな事。さあオレ達も行くぞ!」
ジンの掛け声を合図のように双頭の馬が走り出す。
再び上下左右の揺れに耐えながら、あたしは思いを巡らせた。
当たり前。
そうよね。本来なら当たり前の事なのよね。同じ世界に生きるもの同士、助け合うのが。
でもそれができなかった。どうしても。
それぞれの感情や立場の違いのせいで、当然の事が不可能になってしまう。
すれ違って、憎み合い、傷付け合って、恨みは募るばかり。
それが今、種族の壁を越えて手を取り合っている。
世界を救うという目標に向かって。
あたしがあれほど願って叶えられなかった希望が、今まさに叶えられようとしている。
それが良いのか悪いのか。
果たして本当の意味での希望の実現なのか。
番人という共通の敵を前にしたこの協力体制が、真実、種族間の相互理解を果たしたといえるものなのか。
始祖の神の一件が片付いた後に、皆の意識がどう変化するのか。
まったく分からない。
ただ、これは明らかに何かの予兆だ。変化へのきっかけ。
変わる事がどうしてもできなかった世界の、小さな前進。
そう、前進。一歩前へ進んだんだわ。
その行く末に何があるのか。道行く先に希望はあるのか。
もっと進んでみなければ分からないし、形作るのは世界に生きる者達の意思。
答えを見つけるためにも世界を守らなければならない。
ここに生きる者の命を守らなければならない。終焉にしてはいけない。絶対に。
なんとしても始祖の神から世界を救う! やっと見つけた光を閉ざしはしないわ!
なにがあろうと救わなければならない! みんなの力で!
決意も新たにあたし達は突き進む。
始祖の神降臨の、その場所へと。