(5)
あたし達は懸命に、ひたすらに走り続ける。
動悸が早まり、胸が大きく上下し、汗が額から伝い落ちた。
はぁ! はぁ! はぁ!
「おい、雫……」
「な、なに? ジン?」
「お前が一番遅い! もうちょっと早く走れよ!」
「うるさいわね! これでも最大限に努力してるわよ!」
あたしは息を切らして怒鳴りつける。
もう! 余計な酸素を消費させないでよ! さ、酸欠になっちゃうじゃないの!
人間はね、トップスピード維持したまま長時間は走り続けられないもんなの!
「しずくさん、大丈夫ですか?」
イフリートの肩に乗ったノームが心配そうに聞いてきた。
「だ、だ、だいじょ、ぶ、よっ」
イフリートもジンも人間のあたし達のペースに合わせて走っているから、かなりもどかしいんだろう。
ジンなんて露骨にイラついてるし。
でもヴァニスはあたしに比べると遥かに余裕が見られる。あぁ、やっぱりあたしが一番足引っ張りだわ。
だって小学生の頃から短距離も、中距離も、長距離も苦手で、もっぱら障害物競走専門だった。
社会人になってから完全に走る機会なんて無くなったし、こんなに走ったの何年振り?
あぁ、心臓が、破裂、しそう!
苦しい! あ、足、足が止まるぅぅぅ!
半分意識を失いかけてるあたしの耳に、わああっ! と進行方向から喧騒が聞こえてきた。
ああもう! またヴァニスを狙う兵士達だわ!
いい加減にしてよ! こっちはそれどころじゃないんだから!
命に関わる問題なのよ! いろんな意味で!
息も絶え絶えに睨みつけていると、突然兵士達の間にざわめきが走った。
ざわめきはすぐに悲鳴に変わり、兵士たちの間に伝染していく。
何事?
と思う間もなく兵士集団の後方の列が乱れた。
鎧を身に着けた体が、ポーンポーンと矢継ぎ早に宙に飛ぶ。
な、なんなのいったい? ドカドカ入り乱れる人間の靴音と、それにこれ、ヒヅメの音?
そしてあの、響くいななきは……。
『ンメェルルル゛―――ッ!!』
メエェとブルルを足して2で割ったような、絶妙ないななきを響かせて双頭の馬が一頭、兵士達を跳ね飛ばしながらこちらに真っ直ぐ突進して来た。
……えぇ!? なんでここに!?
馬はあれよという間にヴァニスの元へ駆け寄る。
「よく来てくれた! でかしたぞ!」
そしてヴァニスに撫でられて機嫌良さそうに、ふたつの長いろくろ首を振った。
そういえば双頭の馬はとても賢くて、感性が鋭いって聞いたわ。
その鋭い感性で、世界に充満した汚染を嗅ぎ分けたのかもしれない。
ご主人様であるヴァニスの危機を、敏感に感じ取ったのかもしれないわ。
ほ、ほんとに賢かったのね、この馬。絶対ウソだと思ったのに。
ヴァニスは鞍も付いていない裸馬によじ登るようにして乗った。
そしてあたしに馬上から手を差し伸べる。
「雫! さあ乗れ!」
……え゛? の、乗るの?
あたしは思わず尻込みした。
い、いやだって、馬なんて乗った事ないのよ!?
双頭の馬の体格は、かなりゴツくてデカいし。
しかも鞍もついてないのに、これでいきなり初心者にチャレンジしろと言われても。
「余が支えてやる! 案ずるな! いそげ雫!」
「雫! 早く乗れ!」
ジンにも促されて、あたしは慌ててヴァニスの手を取った。
ヴァニスが腕を強く引っ張り上げてくれるんだけど、でも。
乗れないのよ! 馬の背中にのぼれない!
鞍が無いから足場が無くて、どうにもこうにも!
知らなかった! 馬って乗るだけでも技術が必要だなんて!
焦ってイラつくあたし以上に、どうやらイラついているらしい馬がひと声鳴いた。
そして、にゅうっと長い首が片方近づいてくる。
あ、ありがとう。頭を踏んで足場にしろって言ってるのね?
ごめんなさい、それじゃ失礼して。
と思った途端に、あたしの体にろくろ首がグルリと巻き付いた。
えっ!!?
そのままグイッと体が持ち上げられ、宙に浮く。
うわ!? ええぇぇ!?
ろくろ首に巻かれてぶら下がりながら、あたしは悲鳴を上げた。
ちょっと何するのよ!? 待っ……!
『ンメェルルル゛―――ッ!!』
威勢良く鳴き声を響かせるやいなや、双頭の馬は容赦なく走り出した。
ぎゃああ!? 待ったなし!? 嫌ぁ!
目に映る景色が、ぐわんぐわん上下して目が回りそう!
「雫! しかたない! しばしの間辛抱するのだ!」
パニック状態のあたしにヴァニスが叫ぶ。
辛抱しろって言われても、そんなあ! こんな乗馬なんて聞いた事も無いわ!
そもそも乗ってもいないじゃないの! 巻かれてぶら下がってるだけ!
ジンもイフリートもすでに姿が消えていた。どうやらさっさと実体化を解いてしまったらしい。
この薄情者! あんたら覚えてなさいよ!
心の中で恨みながら、歯を食いしばって懸命に振動に耐える。
つ、辛いけど、これで早くモネグロスの所へ行けるわ!
この際よ! 遠慮なく思いっきり突っ走って! モネグロスの元へ!!