(2)
手の中にマティルダちゃんの髪飾りを強く強く握り締めて、ヴァニスは立ち上がった。
しっかりと前を向くその目には、いつも通りの決然とした意志の強さが漲っている。
「余は、人間の王である!」
堂々と宣言する姿の、なんと勇ましいことか!
そうよヴァニス! あなたが人間の王! あなたは誇り高き国王陛下だわ!!
「あなた達、何をしているのです? 早くこの謀反人を捕らえなさい」
ロッテンマイヤーさんが兵士達に向かってそう言い放った。
ちょびンが目に見えてギクリとし、あたふたと叫びだす。
「お、お前達! 報酬は欲しくないのか!? いくらでも……!」
「おだまりなさい」
ぴしゃり! と音が聞こえそうなぐらい、ロッテンマイヤーさんがその叫びをぶった切る。
「あなたに人間としての尊厳はないのですか?」
いつもの、冷徹な鉄壁の無表情。
抑揚の無い、ゆっくりとしたドスの効いた声。
オラオラお局上等! なオーラがずおぉぉっと、全身から燃え立つように湧き上がる。
ちょびンや兵士達はもちろん、ジンやイフリートまでギョッと顔を見合わせた。
「恥を知るがいい。この、タヌキが」
ぶっ!!
あたしはロッテンマイヤーさんの捨てゼリフに思わず吹き出した。
こっちの世界でも胡散臭いオヤジはタヌキオヤジなのね!
お局様のオーラに当てられた兵士達は、目が覚めたようにちょびンを捕らえた。
モネグロスの雨のおかげで意識が正常に働くようになったらしい。ヴァニスもすっかり回復しているみたいだし。
良かった! さあ、これでやっと番人の後を追えるわ!
「そういえば、あやつはどこへ行ったのだ?」
ヴァニスが首を傾げた。
「余が気を失っている間に何処へ行った?」
「あやつ? あやつとは誰の事か?」
今度はイフリートが首を傾げる。
あぁ、イフリートは途中参加だから事情がまるで分からないのよね。
しかし、また一から事情を説明するのか。
「精霊の長の事さ。今や長ではなく『番人』だ」
極限に簡略した説明をするジンに、余計にイフリートは首を傾げた。
「番人? それはいったい何の事か??」
「説明するのは面倒くさいんだよ」
……そうか、やっぱりジンって単にめんどくさがりだったのか。
いや、そうじゃないかとは思ってたんだけどね。
「簡単に言うとね、長はあたし達の全員を裏切って、しかも世界の破滅を目論んでるのよ」
「なに!? 長が我らを裏切っていたと!?」
イフリートの赤い髪がボウッ!と逆立ち、ぴりりと顔に筋が立ち始める。
「精霊の頂点に立つ身でありながら、それは許されぬ愚挙なり!!」
「だ、だからこれから皆で止めにいきましょう!」
ヤバイ! またキレられたら今度こそ押さえきれなくなるわ!
その前に早く移動してイフリートの気を逸らさないと!
「始祖の神降臨の場所へ行く、とかなんとか言ってなかった?」
「はい、たしかにそう言っていました」
「ならばそれは、例の三本の石柱の場所に間違いなかろう」
「石柱の?」
ジンがハッと息を呑み、顔色を変えた。
「しまった! モネグロスが!」
「な、なに? モネグロスがどうしたの?」
血相変えて慌てふためくジンの様子に皆が怪訝な顔をする。
「モネグロスが石柱の場所にいるんだ!」
「なんですってえぇ!!?」
予想外の言葉に、あたし達も全員顔色を変えた。
「かなり弱っていたから、動かしたくなくて休ませていたんだ!」
「なんでまた、よりによってそんな所に置いてきたのよ!?」
「あの時はこんな状況になってるなんて知らなかったんだよ!」
そ、それって絶対にマズイわ!モネグロスが危ない!!
「すぐに行きましょう! 降臨の場へ!」
揃って頷く皆に向かって、ロッテンマイヤーさんが胸を張る。
「ヴァニス王様、後のことはわたくしにお任せ下さいませ」
「うむ。城内の者達の救助を頼むぞ」
そう言った後、ヴァニスは視線を落として沈んだ声を出す。
「生存者の救出が済んだら……マティルダを見つけてやって欲しい」
「……」
「頼む」
「承知、いたしました」
兵士達が捕らえられたちょびンを連れて、急いで救助活動に向かう。
深々と頭を下げるロッテンマイヤーさんに背を向けて、あたし達は走り出した。
急げ急げ急げ!! 待っててモネグロス!!
城の内部に詳しいヴァニスを先頭にして、ひた走る。
でも半壊状態の城はガレキだらけで通りにくい事この上ない!
ロングドレスの裾を大胆にたくし上げ、大股開きでガレキをよじ登った。
この際、恥も外聞も後回しよ! パンツもふんどしも気になんてしてる場合じゃないわ!
あちこちで怪我をして倒れている人の姿が目に入り、助けを求める呻き声が聞こえる。
ヴァニスが苦悩の表情でそれを振り切り、出口に向かって進んだ。
みんな、ごめんなさい!
いま救助が来るから待ってて! どうかそれまで頑張って!!
祈りながら、後ろ髪引かれる思いで突っ走り続けた。