思いのたけ(1)
え……え……
「えらい!! ロッテンマイヤーさん!!」
あたしは拍手喝采、彼女を絶賛した。
さすがはお局様! あなたこそクイーン・オブ・お局よ!!
汚染されていない人間もいたのね!
番人は人間を救いようの無い堕落した存在みたいに言っていたけれど、ほら見なさいよ! 人間だって捨てたもんじゃないわ!
ロッテンマイヤーさんは床に膝をつき、ヴァニスに語りかける。
「国王陛下、ご無事でよろしゅうございました」
ヴァニスは薄っすらと目を開け、そして弱々しい声を返した。
「まだ、余を、国王と呼ぶか……?」
その掠れた途切れ途切れの声は、誰に語りかけるでもない自分自身に問うていた。
「妹も守れず、民も守れず、騙され利用され、あまつさえこの手で破滅への最後の後押しをしてしまった余を」
ウァニスは、全て自分の責任だと思っている。
この事態を自分が招いてしまった不始末だと思っているんだわ。
ヴァニスの責任なんかじゃないのに。
彼は深く自分を責めるあまり、目からは完全に意思の光が失われてしまっている。
その萎れた姿を見て、あたしは掛ける言葉も見つからない。深く傷付けられた心を癒すすべもない。
「もはや余に国王たる資格は無い。殺されても仕方ない」
「ヴァニス! そんなこと!」
「もうそれで愚痴と弱音はお仕舞いでございますか?」
……え?
「でしたらそろそろお立ち上がり下さい。時間がございませんので」
ちょ、ロッテンマイヤーさん!?
あたしは慌てて彼女に目配せした。
それはちょっとあまりに辛辣な言葉じゃない!? 弱っている人間に対して鞭打つような真似するなんて!
彼女はあたしの目配せを無視してスッと立ち上がり、ヴァニスを見据えた。
「愚痴も弱音も後悔も、この騒動が収まった折に存分にお聞き致します。退位なさるならばご随意に。ただしそれは騒動を収めた後にお願い致します」
すう、っと伸びた一本筋の通った背中。
正々堂々とした眼差しと信念に満ちた声。
「わたくしが御幼少よりお育て申し上げたヴァニス様。やるべき事を今、おやりなさい。この期に及んで投げ出す事は、このわたくしが決して許しません」
キツイ言葉。厳しい口調。
妥協も甘えも一切許さぬ姿勢と決意が込められている。
でもその凛々とした声色に明らかに含まれる、強い愛情。
信念を持って支え続けた王家への固い忠誠はそのまま、心血注いで育てたヴァニスへの深い信頼の証だ。
そして決して揺らぐ事の無い、彼女自身の品格。
汚れたドレスとほつれた白髪の老婦人は、まさに誇り高き人間の姿そのものだった。
その立派な姿を、食い入るようにヴァニスは見ている。
あたしはそんな彼に向かって静かに語りかけた。
「ねぇ、ヴァニス」
ヴァニスがゆっくりとこちらの方に顔を向ける。
「今の状況はあなたにとって、すごく辛いわよね。そんな時にこんな事を言うのは、酷だと思う」
休む暇無く立ち上がれ、と強制することは。
「でもね、資格が無いとか有るとか以前に、あなたは今、国王陛下じゃない? あなたは王なのよ。違う?」
どんなに辛くとも苦しくとも、今、あなたは国王。
その厳然たる事実から逃げられる?
あたしの言葉に同意するようにイフリートが何度も頷いた。
「王よ、自分自身からは決して逃げられぬ」
そしてジンが床に腰を下ろし、膝に頬杖ついて語りかける。
「逃げたい気持ちは分かるが、無理なんだよ。本当に大切なものからは絶対に離れられないからな」
ノームが懸命に訴える。
「ヴァニス王、どうか、どうか負けないでください!」
そう。負けちゃだめよ。逃げちゃだめなのよ。
だって自分自身に言い訳は通用しないから。
あなたはそれを充分に知ってるはずよ、ヴァニス。
「ヴァニス王」
ロッテンマイヤーさんが言葉を繋ぐ。
「ここまで言われてまだ分からぬようでしたら、ご幼少の頃のようにわたくしが、お尻をぶって差し上げましょうか?」
ヴァニスは無言だった。
無言であたし達全員の顔を順番に見回した。
その表情に少しずつ力が戻ってくる。目に光が宿ってくる。
真っ直ぐな、真剣な黒い瞳。
そして彼は最後にロッテンマイヤーさんを見上げて
「さすがにこの歳になって、尻をぶたれるわけにもいくまい」
そう言って、笑った。
ロッテンマイヤーさんも僅かに唇を緩ませる。
初めて見る彼女の笑顔は、意外なほどに可愛らしく見えた。