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 熱気に煽られながらジンが苦しそうに懸命に治癒を続けている。

 ジンが集中できない!

 このままじゃあたし達まで危ないし、なんとかしたいのはやまやまだけど!

 でもいったいどうすればいいの!?


 あたしは咳き込みながら辺りを見渡す。

 水、どこかに水は!? 少しでも水があれば、なんとかなるかもしれない!


 でも目に入るのは炎とガレキと苦しむ人間達。水なんてどこにもない!

 どうしよう! 水!水!水!

 誰がどっかでバケツに水汲んできて!! 水ーー!! み……


 そうだわ!!


 あたしはドレスの内側を探った。

 確か、ここにとまさぐる指先に固い感触。あった!!

 急いで手を開いてそれを確認する。

 ティアドロップ型の美しく透き通るクリスタル。モネグロスの涙!!


 両手で握り締め、額に押し当てるようにして必死に祈った。

 神の涙。心優しく、純粋で慈悲深いモネグロスの涙。

 どうか助けて! あたし達を、ここにいる者達を! そして、世界を救う為に力を貸してください!!


 ふわり、と全身が何か柔らかい物に包まれる感覚がした。

 あ、覚えてる。この感覚。モネグロスに守られ抱きしめられた時の感覚と同じだわ。

 あぁ、とてもとても、柔らかで優しい感覚。


 ―― サアァァァ


 穏やかな音と共に、静かな夕立のような、優しい雨が降る。

 細い糸のようにキラキラと輝きながら降るさまは、まるで砂漠の砂が舞い落ちているよう。

 なんだか懐かしさを感じて、両手で雨を受け止めながらじっと眺めた。


 雨足も全然強くない、どちらかといえば頼りなげな雨。

 でも心の中にまで染み入るような。そんな素敵な安らぎを与えてくれる雨。

 うん、これは紛れも無いモネグロスの雨だわ。


 あたしはそっと目を閉じて穏やかな雨に身をさらす。


 こんなにか細い雨なのに、見る間に周囲の炎の勢いは弱まった。兵士達を燃やしていた火もあっという間に消えていく。

 みんな我に返ったように、キョロキョロとお互いの顔を見合わせていた。


「あ?」

 イフリートも雨の中で我に返った。驚いたように自分の体を濡らす雨を見ている。


「イ、イフリート! わたしが分かりますか!?」

「おお、ノーム! 無事で良かった!」


 イフリートが駆け寄ってきてノームに手を伸ばす。

 ノームがピョンッとその手の中に飛び込み、愛しげに指に頬擦りした。


「またお前に怖い思いをさせた。謝罪する」

「いいえ。それより雨にぬれたりしても大丈夫ですか!?」

「大丈夫。この雨はとても……とても良い雨なり」


 良い雨。

 その例え方にあたしは思わず微笑んだ。まさしくその通りだわ。モネグロスの内面そのものを現わすような雨。


「雫、大丈夫だったか!?」

 ジンの声にあたしは笑顔で振り返る。えぇ大丈夫よ。モネグロスのおか……げ……。

 あたしの顔は引き攣った。


 ヴァニスを治癒しているジンの背後に、いつの間にかちょびンが立っている。

 両手に持った短剣を高々と頭上に掲げ、焦点のぼやけたその目は、明白にヴァニスに狙いを定めていた。


 危ない!!


 声にならない叫びを上げてあたしは手を差し伸べた。

 ただならない様子に気付いたジンがハッと背後を振り返る。

 歪んだ口元で笑いながら、ちょびンはヴァニス目掛けて素早く短剣を振り下ろした!

 間に合わない! いやあ! ヴァニス!!


 -- ガシャ―――――ン!!


 派手な音が響いた。

 きょとん、と目を丸くしたちょびンの頭からバラバラと何かの破片が零れ落ちる。

 そしてそのままバタン!と横に倒れてしまった。

 あたしもジンもイフリートもノームも呆気にとられて、そこに割れた壺の残りを手にして立っている女性を見た。


「ロッテンマイヤーさん!?」

「雫様、ご無事でよろしゅうございました」


 ほつれた髪の毛が肩の下まで垂れ、ドレスのあちこちが破けて。

 化粧気の無い顔に血が付き、全身はやはり黒く汚れている。

 それでもあの見事な姿勢の良さは健全だった。


「お、お、前。お前ぇぇ」

 床に倒れたちょびンが呻き声を上げる。

「お前、この私に何たる事を。おぉ、そうだ」

 内ポケットをまさぐり、おもむろに宝石を数個取り出してロッテンマイヤーさんに差し出す。


「王を討ち取れば褒美に宝石をいくらでもやるぞ どうだ? 美しいだろう? おなごは幾つになっても宝石が好きであろう?」

「……」

「さあ、ほら、どうだ? これも、これも」


 ガスッ!!


 みなまで言わせずロッテンマイヤーさんは、思い切り気前良くちょびンの手を足で踏ん付けた。

 ちょびンが悲鳴を上げる。


「痩せても枯れても老いても何があっても、わたくしの王家への忠誠は永遠です」


凛とした声で高らかに誇らしく、彼女はそう宣言した。


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