(12)
兵士達はノロノロと起き上がり、床に飛ばされた剣を拾い上げ始めた。
「ま、待って! 誤解よ!」
あたしは兵士達に向かって大声で叫ぶ。
きっとみんな勘違いしてるんだわ。あたし達がヴァニスを襲っていると思っているのよ。
「聞いて! あたし達は敵じゃな……」
「皆、怯むな! ヴァニス王を討ち取れ!!」
なんですって!? あたし達じゃなくてヴァニスを討ち取る!?
耳を疑うような言葉は、少し離れた場所から聞こえてきた。
ちょびンがガレキの陰に隠れながら裏返った声を張り上げている。
「王を討ち取った者には報酬は望みのままだ!」
な、なに言ってんのよちょびン! なに混乱してんの!? しっかりしなさいよ! 頭大丈夫!?
「あんた、何を考えてんのよ!?」
「お、王が死ねば、私が最高権力者だ! ついに私が頂点に立つ時が来たのだ!」
「な!?」
「この国を、人間を私が支配するのだ! この私が!」
ヒヒヒといじましい声を上げてちょびンが笑う。
あたしは大きく口を開けて絶句した。
こ、こ、この! バカちょびンが!!!
元々信用ならないタヌキオヤジだと思ってたけど!
汚染されたせいでタヌキ具合に磨きがかかりやがったわね!?
もう完全に本性丸出し! 理性を失くした野生のタヌキだわ!
「王は怪我をして動けない! 恐れる事はないぞ! 討ち取れ!」
「あんた達! 王を守る為の兵士でしょ!? 欲に目が眩んで裏切るの!?」
「最初に討ち取った者には、約束の二倍、いや三倍の報酬を払うぞ!」
「タヌキのくせして王位なんか狙ってるんじゃないわよ!」
がなりたてるあたしの叫びも虚しく、兵士達は剣を手に取りこちらに向き直った。
目ばかりがギラギラして、まるきり聞く耳もたない。
あぁ、だめだわ。みんな汚染されてしまっている。
なんて愚かなの!?
王になったって、世界は滅びようとしているのに!
財産を手に入れたって、みんな死んでしまうのに!
今はこんな事してる場合じゃないっていうのに!
ヴァニスが不憫でならなかった。
両目は未だに閉じられたままだけれど、少しは意識が戻っているんだろうか。
もしそうなら、彼は今どんな気持ちでいる事だろう。
うおぉぉっと勇ましい声を上げて兵士達が再び襲い掛かってきた。
ジンは焦り切った表情でヴァニスと兵士達を交互に見ながら、懸命に治癒を続けている。
まだ手が離せないんだわ。
あたしはノームを鷲掴み、胸元に突っ込んだ。
そして両手で服の上からガードして体を丸くし、ギュッと目を瞑る。
兵士達の乱雑な足音と息遣いをすぐそこに感じた。
―― ボオオォォッ!!
その時、頬が焼けるような熱を感じた。
閉じた目蓋の裏側が明るさを感じる。
恐る恐る片目を開けてみると兵士達が炎を身にまとい、悲鳴を上げてもがき苦しんでいた。
その向こうには見覚えのある影が。
「あぁ! イフリートーーー!!」
胸元から顔出したノームが喜びのを声を上げた。
髪を怒りに逆立たせ、真っ赤な両目を燃え上がらせてイフリートが仁王立ちしている。
「人間よ! 我が友に何をするか!?」
叫ぶ口からは紅蓮の炎がチラチラと吐き出される。
「ましてや王はお前達の仲間! それを裏切るとは!」
ビリビリとイフリートの顔に筋が盛り上がり、険しさが増していく。
「己が身の愚劣さを思い知るべし!!」
憤怒の表情、激しい雄叫び。途端に周りの温度がドンっと急上昇した。
吠えたイフリートの全身から無数の炎が鋭い弓矢のように放たれる。
それらが意思を持っているかのように兵士達に残らず襲い掛かった!
ボウ! ボウ!と炎に包まれる兵士達。
ぎゃああと悲鳴をあげ、踊るように暴れて床に転げ回る。
火の粉が飛び、炎は広がり、いろんな物が焼ける臭いがして、場は悲惨さが極まった。
あち! あち! かなりあっつい!
「熱いわ! イフリート!!」
皮膚がジリジリする熱さに堪りかね、あたしは叫んだ。
でもイフリートはすでに忘我の領域だった。またキレたのね!? 制御不能になってる!
せっかく助かったと思ったけれど、これってかなりヤバイんじゃないの!?
あぁもう非常事態が非常事態を呼んで、わけが分からない!
火の粉が四方八方に飛び散り、こっちまで貰い火しそうだ。温度は上昇し続け、周囲は赤い炎と熱気が充満し、兵士達は泣き叫んで救いを求めている。
呼吸が、苦しい。熱いーー!!
「しずくさん! なんとかしないとあの人たちが!」
「た、確かにこのままじゃイフリートが皆殺しにしちゃうわ!」
「そんな! イフリートにそんな事させられないです!」