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 なんで、なんでこんな惨い事をするのよ! どうして!?


「ご安心なされよ。手向けに妹姫のお好きな宝石を、たくさん捧げておきましたのでな」


 ヴァニスの泣き声が、静かに止んだ。


「いやまったく、妹姫は宝石がお好きであられた。あっぱれなまでの物欲の持ち主であられましたな」


 体を丸めるようにして泣いていたヴァニスが、ゆっくりと顔を上げる。


「だから真っ先に汚染なされた。つまり妹姫からこの世界の堕落が始まったのです」

「ぎ……」


 ヴァニスの口から慟哭とは違う声が漏れた。

 その顔はまるで悪鬼のごとくに変貌していた。


「お陰様で瞬く間に汚染が広がった。全ては妹姫の欲深さがあったればこそ、です」

「ぎ、さ……」


 ヴァニスの全身からユラユラと、薄黒い煙のような何かが立ち昇り始めた。

 あれはなに? 幻覚? いや違う。確かに煙のようなものが見える。

 あたし達は目を凝らしてそれを見た。


「妹姫がこの世界を破滅に導いた! お礼にその身を、たんまりと宝石に埋めておきました! さぞあの世でお喜びでございましょう!」


 明らかに番人は蔑みを込めてそう言い放った。


「ぎい゛ざあ゛ま゛あ゛ぁぁぁーーー!!!」


 ヴァニスは人とは思えぬ声を発した。

 薄暗い煙が真っ黒に染まり、凄まじい勢いでヴァニスの体から噴出する。

 幻覚じゃないわ! あれは、あれはまさか!


「ヴァニス! だめ!!」


 ヴァニスは夜叉のような形相で番人に飛び掛った。

 完全に理性を失ってしまっている。自慢の剣すら抜かず、獣のように両手で掴みかかろうとした。

 その手が番人に届く直前。


 ―― ドオォンッ!! 


 音が、いいや、空間が鳴った。

 同時にヴァニスがビクン!と体を弓なりに反らせ硬直する。


「ヴァ、ヴァニス!? どうしたの!?」


 彼の体はそのまま人形のように指一本動かなくなった。

 声も出せないらしく、驚愕のままその目が番人に訴える。

 貴様、いったい何をした? と。


 すうぅぅっと、その体が宙高くに浮き上がる。

 身動きできないヴァニスの表情に焦燥が浮かんだ。

 危機を察知したジンが、ゴオォッ!と鋭い風の音を放った。

 番人を睨みつけているジンの髪と服が、一気に風に膨らむ。

 ジンの周囲に発生した風が、あたしの髪まで逆立てるほどの勢いで番人に向かって襲い掛かった。


 ―― ゴオオオォォォ!!


 間髪おかずに恐ろしい突風が向こうから返って来た。

 ジンの風の攻撃よりも何倍も強烈な風が吹き、あたし達に襲い掛かる。

 あまりの風圧にあたしやノームはもちろん、ジンまでも耐え切れずにアッサリと吹き飛ばされた。

 飛んだ体がガレキに思い切り叩きつけられる。


 歯を食いしばり全身の痛みに耐えて、なんとか目を開く。

 そしてあたしは大きく両目を見開いた。

 宙に浮いたヴァニスの全身から……。


 あの真っ黒な煙が、天に向かって轟々と音を響かせ一直線に吸い上げられている!?


 目からも、鼻からも、耳からも口からも。

 いったいどこから生まれるのかというほどの大量の煙。

 おそらく全身の毛穴という毛穴全てから噴き出た黒煙が、彼の全身を覆い尽くして、果てることなく天に昇っていく。

 そして薄暗い空の色をますます暗く染めていった。


 あたしは絶望の思いでそれを見上げた。やはりあれは!


「そう!『憤怒』! 欠けていた最後の条件が今これによって満たされた!!」


 番人の高らかな笑い声が、煙の轟きに混じって響いた。

 両手を大きく広げ、大仰に肩を震わせて笑い続ける。勝利による歓喜の笑い。

 その声は悪魔の調べ以外のなにものでもなかった。


「もはやここに用は無い! 始祖の神降臨の場に行かねばならぬ!」


 そう叫んだが最後、番人の姿は忽然とその場から掻き消えた。

 支えを失ったかのようにヴァニスの体がドサリと床に落ち、同時に煙もピタリと治まった。


 あたしは何とか身を起こし、四つん這いになってヴァニスの元へ進む。

「ヴァニス! しっかりして!」

 まさか死んでしまったんじゃ!?

 そんなのあんまりだわ!!

 騙され、妹を殺され蹂躙されて、そのうえ更にその怒りまで利用されて死んでしまうなんて!

 そんな非道、許されていいはずない! お願いヴァニス、目を開けて!!


「おい狂王! しっかりしろ!」

「ヴァニス王! きこえていますか!?」


 ジンとノームもヴァニスの耳元で懸命に呼びかけた。


「お前! これまで散々オレ達に酷い事しておいて、勝手にさっさと死ぬつもりじゃないだろうな!?」


 叫びながらジンが必死に治癒の風を施す。

 でも青ざめ血の気の失せた顔も、グッタリと力の抜けてしまった体も、いくら呼びかけても何も反応が無い。

 もう、だめ、なの?

 ……いいえ! 諦めちゃいけない! ヴァニス頑張って!

 絶対にこんな所で死んではだめよ!


「いたぞ! ヴァニス王だ!」


 騒々しい音がしてあたし達は顔を上げた。

 城の兵士達が集団でこちらに向かい走って来るのが見える。

 先頭にいるのは、ちょびンだわ!

 黒い雨で全身汚れまくっているけど、あのちょびヒゲは見間違いようが無い!

 兵士を連れてヴァニスを探していたのね!?


「ここ! こっちよ!」

 手を振るあたし達の方へみんな一目散に駆けて来る。

 早く! 早くこっちに! 早……


「え!?」


 何を思ったのか兵士達が次々と剣を抜き、叫びながら襲い掛かってきた。

 なんなの!? 一体どうしたっていうのよ!? やめてえぇ!

 あたしは無駄な抵抗と知りつつも思わず両手で頭をガードする。


 ドンッ!という音がして、一瞬にして強い風が巻き起こった。

 兵士達が数メートル向こうでなぎ倒された稲穂のように横たわっている。

 ジンが両腕を兵士達に向かって突き出していた。風で吹き飛ばしてくれたんだわ!


 ゴポッという音と激しく咳き込む音が聞こえた。

 ヴァニスが血を吐きながら苦しんでいる。

 その様子を見て、兵士達を警戒していたジンが慌てて治癒を再開した。


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