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 アグアさんは激しく嫉妬した。

 人間は勝利を確信し、傲慢になった。

 惰性に走り、美食や美酒を暴食し、毎夜の宴で男女は戯れに抱き合う。

 そして、どこまでもどこまでも果てなく欲望を募らせた。


 精霊達はすべて何かの神の眷属。消滅した神の為に、始祖の神の復活を心の中で望んでいただろう。

 そして神達自身が始祖の神復活を望むのは当然だ。


 人間は自分達の繁栄を脅かす始祖の神を消滅する為に、その復活を望んだ。

 みんなみんな、どんな神なのか深く知りもせずに。


 始祖の、破壊の神復活の条件が、全て揃ってしまったんだ。

 完全に番人の画策通りに。


 ふらりと眩暈が、する。

 額に手を当て、ふらつきに耐えているあたしの耳に番人の声が聞こえる。

 あたし達など眼中にも無いように陶酔した声が。


「世界は破壊される。始祖の神の手によって。そして再び創造されるのだ。おぉ、これぞまさしく主の存在意義」


 天に臨み、まるで始祖の神に語りかけるように、番人は歓喜に震えているように見えた。

 その姿を声も無く見つめるあたしの胸の中に、感情が溢れ出る。

 怒りとか、虚しさとか、もう、いろんな感情が絡み合って声にすらならない。

 この全てを怒鳴りつけて、こいつに思い切りぶつけてやりたいのに!


「再び創造すると言ったな? それはどんな創造だ?」


 全員の視線がジンに集まる。

 ジンの不思議な美しい質感の肌からは、色が失せているように見える。


「破壊で失われた全ての命は、複製して再生されるのか?」

「それはわたしにはあずかり知らぬ事」

 番人が気にも留めないように答える。

「だが恐らく、その可能性は無いに等しいであろう」


 ジンがギュッと両目を閉じた。

 ジンは始祖の神の力を、死者が復活する魔法のように考えていた。

 知らぬ間に番人にそう吹き込まれていたのかもしれない。

 だからモネグロスの為に始祖の神の復活を強く望んでしまった。


 ヴァニスは厳しい目で番人を睨んでいる。

 彼は番人の言葉と人間の安泰を信じて、番人の思惑通りアグアさんを幽閉し、あたしを捕らえた。

 見事に番人の思惑に加担させられてしまった。


 歯軋りする思いだろう。ふたりの心は今、激しい後悔に苛まれている。


「番人」

 ノームの怯えたような震え声。

「世界をほろぼすことに、あなたはなにもかんじないのですか?」


 ふっと、微かに番人が笑った。


「永い、永い永い、気の遠くなるような歳月をわたしは待った」


 何ひとつとして迷いの無い声。


「そして今、ようやく主は眠りから覚める。わたしの存在はこの為にある」


何かを超越してしまったような、遠くの声。


「わたしにはそれだけだ。世界など……しらぬ」


 その満ち足りた表情を見てあたしは顔を歪ませた。

 あぁ、そうだ。彼はきっともう、超えてしまっているんだ。


 番人。

 おそらくはその名の通り始祖の神のいない世界を、あるがままに見守る為の存在だったんだろう。

 何の干渉もせずに離れた場所から、世界創造の時より、ただひとり真実を知る者として生き永らえた。


 それはあまりに、あまりにも永すぎた。


 伸びきった髪は真っ白に染まり。

 枯れ木のように細っていく手足。

 刻まれていく無数の傷跡のような深いシワ。

 誰ひとり、何ひとつ、関わりも持たずに老いていく。


 ひとり。

 ひとり。

 たったひとりで、想いすら歪むほどの、永劫の刻の孤独。


 耐え切れずに番人は、本来の目的を歪めた。


 自分の役目は、ただ未来永劫無意味に世界を見守る事ではなく、主である始祖の神を復活させる事なのだと。

 それこそが眷属たる自分の役割であると。


 ……終わらせたかったのかもしれない。

 自分自身の役目を。ただ「見る」事しかできない自分の命を。

 そして番人は世界の全てから超越してしまった。


 だめなんだ。通用しない。

 あたし達の、こちら側の言葉はきっともう、通用しない。


 ―― カシャン 


 鈍い金属音がした。

 番人の手から黄色と赤の混じった何かが放り投げられ、ガレキの散乱する床に落ちた。

「!!?」

 それを目にしたヴァニスの体が硬直する。

 あれは、血に染まったマティルダちゃんの金の髪飾り!!?


「王よ、それに見覚えはございまするか?」


 両目と口をポカンと開けて、ヴァニスはしばしの間呆然と髪飾りを見ていた。

 そして飛び付くように駆け寄り、ひざまずいて髪飾りを拾う。


「妹姫ならば向こうの方におりますぞ」


 固まった表情でヴァニスは凝視する。

 愛する妹の髪にいつも輝いていた髪飾りと……それにベットリと付着する赤い血を。


「お探しのようですが、会わぬ方がよろしいでしょう。妹姫はとてもここに運び込めるような状態でもございませぬし」


 ヴァニスは髪飾りを胸に抱きかかえた。

 黒い衣装の広い背中が小刻みに震えている。


「アレを王にお見せするのは、実に忍び無い。せめてと思い、髪飾りをお持ちいたしました」


 小さな、啜り泣きが聞こえて。

 やがてそれは、はっきりと大きな慟哭となった。

 ヴァニスは身を震わせ、声を上げて、人目も憚らずに咽び泣いた。


 あたしもボロボロと両目から涙を流す。

 苦しくて、とてもヴァニスの姿を見ていられない。とてもヴァニスの慟哭を聞いていられない。

 熱い涙が次から次へと流れ落ちた。

 記憶にあるマティルダちゃんの可愛い笑顔。

 目に焼きついて離れない、落ちていく最期の姿。


 むごい。

 惨い。惨い! 惨すぎる!!

 こんな、ことさらに、悲惨な最期を強調するような真似を!!


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