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「王よ、さぞやご心配でござりましょうや」

「黙れ! お前が全ての元凶である事は分かっているのだ!」

 ヴァニスは番人に向かって吠えた。


 白々しい!

 なにが『さぞやご心配』よ! マティルダちゃんの人格をあんなに踏みにじっておいて!

 そして、そして挙句の果てに、マティルダちゃんは!

 恥を知りなさいよ! あんたのそのシワシワの面の皮はどれだけ分厚いってのよ!?

 引っ張って伸ばしたらテニスコートぐらいあるんじゃないの!?


「長」

「風の精霊か。わたしは長ではない」

「どうでもいい。オレは今まであんたの事を腑抜けた年寄りだとばかり思っていたが、ずいぶん老骨に鞭打ってくれたもんだな」


 ジン、ノーム、ヴァニス、番人が、言葉も無くそれぞれ見つめ合う。

 騙し利用した者、そして、された者。

 緊迫した空気が流れた。


「この際だ。あらいざらい暴露してもらおうか」

「もはや大詰めだ! この期に及んでの隠し立ては無用だ!」

「長、いいえ番人。どうかほんとうの事をおしえてください」


 ジンは冷たく、ヴァニスは怒りに震え、ノームは切実に訴える。

 番人だけは何の感情も無かった。


「何を知りたいと?」

「始祖の神の正体よ」

 あたしは静かにそう言った。


「教えて。始祖の神とはいったいどんな神なの?」


 番人は両目を瞑った。

 そして何かを崇めるように両手を広げて天を見上げる。


「始祖の神とは我が主。世界で最も偉大なる創造の神である」

「嘘よ」

「決して嘘などでは無い」

「嘘。そんなご大層でご立派な神様なら、なぜ復活する為にこんな酷い混乱が必要なのよ」

「それはお前達が、あのお方の表しか見ようとせぬからだ」


 表? 始祖の神の一面しか見てないって?

 何言ってんのよ。そもそもそんな古代の神様なんて、裏も表も見た事ないわよ。


「始祖の神は創造の神。そして」


 そして?


「創造と破壊は常に表裏一体」


 ……え? なに?


「異世界の女よ、お前は水の力を持っている。ならば理解できるはずだ」

「何をよ?」

「大地が肥える前には、大地を飲み込むほどの甚大な水の氾濫がある。それと同じだ。創造の前には必ず破壊があり、そしてまた創造がある」

「破、壊?」


 何を言ってる? 破壊ですって?


 意味が良く理解できず、あたしは眉を寄せた。

 あたしの隣でジンとヴァニスが息を呑む気配がした。


「始祖の神は、神を、ひいてはこの世界を創造した。そして創造の次に来るものは」


 あたしはゴクリとツバを飲み込んだ。知らず知らず鼓動が早くなる。

 まさか。ちょっと待って、まさか。


「破壊。次なる創造の為に、この世界の全てを破壊する事こそが始祖の神の果たすべき務めである」


 世界の破壊!!?

 この世界の全てを破壊するっていうの!!?

 あんた、これがもし冗談だったらタチが悪すぎるわ! 袋叩きもんよ!?


 でも番人は天を見上げたまま陶酔している様子で、冗談を言っているようには見えない。


 本当に?

 本当の本当に?

 じゃあ本当に、始祖の神は。


「この世界の全てを破壊する神だって言うの!?」

「破壊の神ではない。あのお方は創造の神である」

「同じことよ!!」


 あたしは大声で怒鳴りつけた。

 世界全ての破壊ですって!? そ、そんな大仰な話、信じられないわ!

 あまりに非現実的よ! そんな事っていくらなんでも不可能でしょう!?


 あたしは皆の顔を見渡した。

 ね、ねぇ! そんなの嘘よね!? 世界を破滅させちゃうなんて不可能よね!?


 呆然としているヴァニスの横で、ジンとノームが凍り付いている。

 その姿を見てあたしは即座に理解した。

 本当なんだわ。神の眷属である精霊達には、本能で分かるんだ。

 始祖の神が本当に世界を破壊する力を持っているのだという事を。


「なんでそんな事するのよ!?」


 なんで!? なんで世界を破壊するわけ!?

 ここまで出来上がった世界をわざわざ破壊しなきゃならない理由はなに!?


「理由? 理由など無い」

「り、理由も無いのに破壊なんかされちゃたまんないわよ!」

「あえて言うなら、それがあのお方の存在意義だからだ。あのお方は、創造する存在。その役目を果たす為には、既存の物を破壊せねば次の創造が叶わぬ」

「か、叶わぬって……」

「ひたすらに創造し、ひたすらに破壊する。その繰り返しだけがあのお方の存在意義だ。そしてその意義を全うさせる為に、わたしは世に存在する」


 あんまりよ。次を造りたいから、もうこれは壊すって事!?

 そんなに何かを作りたいんなら、どっか隅っこで造ってればいいじゃないの!

 世界は広いし土地もあるんだから好きなように造ればいいわよ!


「それなら邪魔しないから、どうぞ勝手に造るなり壊すなりしてちょうだい!」

「それは叶わぬ」

「なんでよ!?」

「あのお方は『始祖の神』。完全なる無からの創造でなければならぬ」


 ならぬって、そんな勝手な事ばかり言わないでよ!

 そっちの都合で勝手に産んだり殺されたりしてたら、こっちはたまんないわ!


「そんな理屈は通らない! 無謀よ!」

「まさしく。そんな理屈は世界の摂理に反する」

 番人はあたしの言葉にあっさり同意して頷いた。


 あんたねぇ! それが分かってるんなら今すぐやめなさいよ!

 確信犯かお前! 一番始末に負えない犯罪者タイプだわ!


「だから始祖の神は、この世界を創造した後で永い眠りについたのだ」

「眠り? 始祖の神は眠っているの?」

「正当な理由によって、破壊が開始されるまでの眠りだ」

「破壊のための正当な理由? ……あ」


 『傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲』

 これらの大罪が復活の為の条件。そう言っていた。


「禍々しい悪しきもので汚染されてしまえば、世界の存続など到底不可能。存続できぬ世界など破壊するより他にないではないか」


 番人は満足げに、うっとりと語り続ける。


「存続が難しくなった世界で、人と精霊と神が皆揃って始祖の神の復活に同意し、願う。これこそが我が主復活の条件なのだ」


 あたしは全身から力が抜ける思いだった。

 なんとか倒れずに懸命にその場にとどまる。

 なん、てこと。そういう、ことか。


 全て思い当たる。全て当てはまった。

 頭の中で全部の事象が組み立てられた。


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