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 ジンがむすぅっとした声を出す。

「こいつを治癒したからって、お前が礼を言う筋合いじゃないだろう」

「え? いや、だって」

「だって、何だ? お前はこいつの身内か?」

「いや、身内ってそんな、ただ普通に」

「普通って何だ? なにが普通だよ」

「いや、ただ」

「ただ、何だよ?」


 ……むかぁ。


 なんか、ちょっとムカつくその言い方。なにそれ。ケンカ売ってる?

 子どもみたいな屁理屈こねちゃってさ。


「拗ねた中学生みたいな態度、やめてくれない? この非常時に」

「チューガクセイって何だよ。意味は全然分からないけどお前、絶対バカにしてるだろ」


 ジンがこちらにバシッと向き直り、ぎりっ!とキツイ目を向けた。

 なによ! やる気!? 売られたケンカは買うわよあたし!


「お前のケンカ腰の態度こそチューガクセイだろ!」

「あたしのどこがケンカ腰なのよ!」

「全部だ全部! やましい事でもあるんじゃないのか!?」

「やましいって何よ! そっちが勝手にヤキモチ焼いてるだけのくせに!」

「ヤキモチなんか誰が焼くか!!」

「あたしだってやましい事なんか無いわよ!! 愛してるのはジンだけだもの!!」

「オレだってヤキモチ焼く必要なんか無い!! お前の愛を信じてるからな!!」

「あのお、すみません、なんだかヴァニス王も非常時になってるみたいなんですけど」


 ……ハッ!!?


 遠慮がちなノームの声に冷静になった。

 しまった! ケンカに夢中でヴァニスの治癒がおろそかになってた!

 ぎゃあぁ!? ヴァニスが意識朦朧状態になっている!


「ご、ごめんなさいヴァニス!」

「うお!? 口から血ぃ吹き出してるぞこいつ!」

 ジンが急いで手をかざして治癒の風を施した。


「しずくさんとジンって、仲が良いのか悪いのかよくわかりませんねぇ」


 妙に感心したようにノームがしみじみ言う。

 た、確かに。怒鳴り合いと愛の告白がワンセットなカップルって珍しいかも。

 これが種族の壁の醍醐味ってやつかしら?


 でもあたし達って考えてみれば出会った時からずっとこんな感じだわ。

 だからかな? この空気ってすごく落ち着くの。ジンと再会してから心が軽くなってる。

 ものすごい非常事態には変わり無いんだけど、切羽詰った感覚が楽になった。


 ジンがいる。あたしの隣に。それだけで感じるこの安心感。

 何とかなるかもしれない。うん、何とかしよう! みんなで!

 そんな勇気みたいなものが、ふつふつと湧いてくるのを感じる。


 本当に恋の威力は絶大だわ。

 あたしは口元に笑みを浮かべて、治癒を続けるジンを見つめていた。


「よし、もうだいぶ楽になったろ?」

「うむ。一応礼を言っておこう」

「いらねえよ。お前からの礼なんて、蓋を開けたら腐ってそうだからな」


 憎まれ口を叩いたジンが真面目な顔になる。


「それより教えろ。お前、精霊の長から何を聞いたんだ?」

「長? 長がどうしたのだ?」

「この混乱は、どうやら全て長の画策らしいんだ」

「なに!? それはどういう事だ!?」

「長は始祖の神の復活を望んでいる。これはその下準備らしい」


 ヴァニスは身を乗り出してあたし達の説明を聞いていた。

 やがて彼の口から唸るような声が漏れる。


「確かに、長は余に対して始祖の神の復活を強力に進言した。それが人間の為になる、と」

「この現状から察するに、『人間の為』ってのは明らかに嘘だな」

「おのれ長め! 余を謀ったか!」

「騙される方がバカ、と言いたいが、オレ達精霊もいいように使われた」


 ジンが悔しそうに唇を噛んだ。ノームもガックリとうな垂れる。


 まさかあのご老体が。誰もがそう思う。

 杖をついた、ヨボヨボの総白髪のおじいちゃん。着ている物から頭っから、爪先に至るまで真っ白だったもの。

 まさか腹の中だけあんなに真っ黒だなんて思いもしないわよ。

 騙された。完全に。


 大罪で覆われた世界に復活する神って、どんな神?

 あまり考えたくないけど、ろくな神様じゃない事だけは確かね。

 唯一対抗できそうな世界の神々は完全に衰弱してしまっているし。全部が番人の思い通りに展開しているようで腹が立つ。


「ヴァニスも番人から何も聞いていないの?」

「うむ。ただ始祖の神の復活には、人間と神と精霊の特別な力が必要だとしか聞いておらぬ」


 人間と神と精霊の特別な力が必要? それは初耳だわ。


「それって本当の事なの?」

「長、いや番人か。あやつがそう言っていたのは確かだ。だからあの水の精霊や雫を手元に置こうとしたのだ」

「アグアさんとあたし?」

「あの水の精霊は、神に愛されたこの世で唯一の精霊。雫は精霊の力を持った特別な人間だ」


 あぁ、それでヴァニスはあたしをあの三本の石柱の場所へ連れて行ったのね?

 とにかく何か可能性がありそうな物を、片っ端から試してたわけか。


「あの時石柱が反応してたわよね?」

「うむ。確かに」


 じゃあこの件に関しては、あながち番人の大ボラとは言い切れないわけだ。

 それにしても情報が少なすぎる。始祖の神について正確に知っているのは番人だけって所が痛いわね。


「始祖の神は、神をうみだすだけの存在とはちがうのでしょうか?」

「救いの神だと思ってたが、どうやら裏がありそうだな」

「救うどころか絶対ヤバイわよ。今ですら精霊や人間はこの惨状よ?」

「人間は金品と安楽に釣られて堕落したか。王として実に嘆かわしい」


 本当に情けなさそうに、そして悲しそうにヴァニスは嘆く。

 人間の為を思い、よかれと思って渾身の努力をしてきたのにその気持ちを番人に、そしてある意味では国民達に裏切られたようなものだ。


「堕落させる為に、やってきた事ではないのだ」

「ヴァニス……」

「金、銀、宝石、か」


 ポツリと呟いたヴァニスが、ハッと身を起こす。


「おい、いきなり動くなよ。完治したわけじゃないんだぞ?」

「マティルダ! マティルダは!!」


 ジンの忠告に耳も貸さず、ヴァニスは立ち上がってうろたえた。

 あたしはギクリとする。


「雫、マティルダを知らぬか!? 探したがどこにもいないのだ!」

「あ、あの」

「早くマティルダの所へ行かなくては! マティルダ! マティ……」


「王よ、妹姫をお探しですかな?」


 皆一斉に声のした方向を向いた。

 いつの間にか番人が、あたし達から少し離れた場所に立ってこちらを見ている。

 そして淡々とした態度と表情で、あたし達に話しかけてきた。


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