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 たとえこの先何が起ころうと、どんな結果が待ち受けようとも。

 この気持ちに変わりは無い。愛してるわ。愛してる。


 ノームがグスグスともらい泣きしてる。

「しずくさん、ジン。わたし、おうえんしてますから」

「ありがとうノーム。イフリートも同じ事を言ってくれたんだ」

「イフリート! イ、イフリートは今どこですか!?」

「オレと一緒に城に戻ってくれたよ。自分はどこまでも友と一緒だって」

「イフリートがここに来ているんですか!?」


 ノームの表情が目に見えてパァッと明るくなった。

 イフリートのお陰でノームの気力が一気に戻ったみたい。良かった。恋の威力は絶大ね。ふふ。

 あ、でも。


「ジン、モネグロスはどうしている?」


 あたしの問いに、明るさの戻ったノームの顔色がまた翳った。


「ああ、もちろんモネグロスも一緒だよ」

「一緒? じゃあまだこの付近にいるのね?」

「ああ」

 頷くジンの姿に、あたしの気持ちは暗く沈んだ。


 そうか。そうよね。あの弱りきったモネグロスを、ひとりで砂漠に帰すわけにもいかないし。

 となれば当然この付近にいるわよね。


「どうしたんだ?」

 ジンがあたしとノームを交互に見ながら尋ねる。

 あたし達はお互い目を合わせて、そして下を向いてしまった。

 言い難い。とても。でも黙っていてもどうにもならない。言うしか無いわ。


「モネグロスにだけは、砂漠に帰っていて欲しかったわ」

「どういう事だ?」

「アグアさんを見つけたの」

「本当か? それで?」


 あたし達の表情から良くない気配を察したらしい。ジンが真剣な表情で答えを促した。

 あたしは意を決し、ポツリポツリと事情を説明し始めた。


 精霊の長の正体。

 アグアさんの身に降りかかった悲劇。

 今の世界の現状。

 あたしとノームで、できるだけ詳しく手短に説明した。


 真剣だったジンの表情がどんどん深刻になっていく。


「やはりこの黒い雨はアグアの雨だったのか」

「ジン、気付いてたの?」

「ほんの僅かだが雨からアグアを感じた。でもまさか、あのアグアが」


 ジンの表情は暗くて苦しそうだった。

 彼にとってもアグアさんは砂漠の盟友。モネグロス同様にかけがえの無い仲間だ。

 その身に起こった悲劇はさぞかし認め難い現実だろうと思う。


「長はいったい何を考えているんだ。オレ達を裏切っていたのか?」

「そもそも、自分は精霊達の仲間とは違うって言っていたわ」

「じぶんのことを世界の番人だともいっていました」

「番人? 何をどんな理由で? 意味がまったく分からない」


 ジンは頭を振って嘆いた。

 本当に、訳がわからないくらいの突然の現状の変化だ。あたしもノームも、この目で見ても実感が乏しい。

 ただ分かっているのは、番人にとってこの状況は突然でもなんでもないという事。


「番人はゆっくりと時間をかけて、この状況を密かに作り出していたんだと思うわ」


 そう。人間や精霊や神達の目をかいくぐり、密かに着々と準備を整えていた。


「始祖の神とは、いったい何なんだ?」

「わからない。番人は答えなかったわ」

「オレ達が知っている伝説とは違う事実があるという事なのか」


「誰か、そこにいるのか……?」


 あたし達の会話を遮るように廊下の向こうから小さな声が聞こえた。

 この声!


「ヴァニス!?」


 破壊されて崩れた廊下の黒い影。

 ヴァニスがヨロヨロと今にも倒れそうになりながら歩いて来る。


「雫か?」

「ヴァニス、大丈夫なの!?」


 あたしの叫びに答えるように、ヴァニスはその場に倒れてしまった。

 あたしは慌てて駆け寄る。

「しっかりして!」


 ヴァニスの端正な顔の半分は真っ赤な血と黒い雨で汚れていた。

 鼻を突く、生臭い嫌な臭いが体から漂っている。この臭いって血の臭い!

 黒い衣装で分かりにくいけど、きっと全身が血だらけなんだわ!


「城の爆発でケガをしたのね!?」

「黒い雨に気がつき、皆が騒ぎ始めた途端、城が」

「しゃべっちゃだめよ!」

「被害は甚大だ。一刻も早く皆の救助を」

「動いちゃだめだって!」


 起き上がろうとしたヴァニスが悲鳴を上げて腹を押さえる。

 やっぱり大怪我してるんだわ!

「ジン! お願い手当てをしてあげて!」

 あたしは振り向いてジンに懇願した。

 ジンはさっきまでの苦悩に満ちた表情とは打って変わって、ひどく冷静な目でヴァニスを見ている。


「ねぇジン! お願いよ! 助けて!」


 ジンは静かに近づいてきた。

 そしてヴァニスの足元にしゃがみ込み、やはり冷静な目でヴァニスに話しかける。

「狂王よ、いいザマだな」


 ヴァニスは薄っすらと目を開けた。


「あの時の、風の精霊、か」

「ああそうだ。あの時はオレもお前に大怪我を負わされた。お前には大きな遺恨がある」

「であろうな」

「それを晴らさせてもらうぜ。今、ここで」

「ジン! 見殺しにするつもりなの!?」


 そんなのだめよ! 絶対にだめ! そんな事をしちゃだめなのよ!

 後になってから、どうしてあの時って後悔する事になるわ!

 ジンにそんな事、絶対あたしがさせない!


「しかたない、では済まされない事になるのよ!」

「……」

「ジン! 聞いて!」

「耳元で怒鳴るなよ。誰も治癒しないとは言ってないだろ」


 見ると、ジンの両手がヴァニスの腹の上に乗っている。そこから穏やかな治癒の風が全身を撫でるように覆っていた。

 黒髪が緩やかに靡き、ヴァニスの表情はみるみる落ち着いていく。


「狂王、自分が殺そうとした相手に助けられるのはどんな気分だ? 自尊心の強いお前には屈辱以外のなにものでもないだろう? 最高の復讐だ」

「……小賢しい男だ」

「負け惜しみだな」


 あたしはホッと胸を撫で下ろした。

 和解とまではいかないけど、とりあえず急場はしのいだみたい。

 これでジンとヴァニスが殺し合いなんかになったりしたら、もう目も当てられない。悲惨なバッドエンドにまっしぐらよ。

 そうならなくて本当に良かった!


「ジン! 偉いわ! ありがとう! ヴァニスを助けてくれて本当にありがとう!」

「なんでお前が礼を言うんだよ」


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