(12)
「アグアさん! こんな奴の思い通りになっちゃダメよ!」
アグアさんは床に崩れ落ち、ゼエゼエと苦しげな息を吐いている。
恐ろしい病原菌が全身に巣食っているようなものだもの。きっとこのままじゃ彼女の命も長くない。
でも負けないでアグアさん! 負けちゃだめよ!
「モネグロスを、彼の愛を信じてあげて!」
モネグロスの名を口にした途端に恐ろしい視線があたしを貫いた。
怨念のこめられた目があたしを射殺さんばかりに睨みつけている。
その恐ろしさたるや、まるで鬼か悪魔だわ。
「無駄だ。お前が何を言おうと、いや、お前の存在そのものがアグアの穢れを増幅させる。それがお前がこの世界に呼ばれた真の理由だ」
「なんですって!?」
「まさか自分が偶然この世界に来たなどと思ってはおるまいな?」
アグアの心に疑心を植え付けるきっかけとなる。
精霊と人間の間に立ち、ふたつの関係を決別させる
アグアの穢れを増幅させて世界中に撒き散らし、この世の全てを汚染する。
「そのために我が主、始祖の神に導かれたのだ。お前は」
そのあまりの言葉に……あたしの全身が、脱力する。
今こいつが言った事が、あたしがこの世界に来た真の理由?
確かに、あたしのせいでジン達は人間に攻撃を仕掛けた。
あたしの行動が、結果的にジン達やヴァニス達の関係を断ち切ってしまった。
あたしの存在が、アグアさんを穢してしまった。
あたしが、これらの全ての現象の引き金を引いてしまった?
眩暈がする。
立っていられなくなって、ガクリと床に膝をつく。
『雫がこの世界に来た事には意味がある』
『雫は特別な人間』
みんながそう言った。
だから、あたしはそうなるべく努力した。懸命に、必死に、諦めず、前に向かって進んだ。
道行く先の光を信じて。それが、それが。
全部、この状況になるために仕組まれていた。
道行く先に光なんて無かったんだ。
進めば進むほど、破局に向かって突き進んでいたんだ。そうとも知らずに、あたしは。
旗振って、大声を上げて
愚者の行進のように堂々と胸を張り
進んで、進んで、自分を信じて、皆を崖っぷちに誘い込んでしまった。
これがあたしの役割。この世界に呼ばれた理由。真の意味。
偶然ではない、必然。あたしがもたらした結果。
あぁ、あぁ……ああぁ……
「あああぁぁぁーーー!!!」
両手の骨も砕けんばかりに、あたしは床を殴りつけ絶叫した。
「時は満ちた。今この時より、始祖の神降臨の幕開けである」
―― ズルウゥ
顔を上げたすぐ目の前に、アグアさんの狂った水色の目があった。
触れ合うほどの至近距離で見詰め合う。
獣の目に射すくめられ、あたしは呼吸も忘れて硬直した。ほんの一瞬、時間が止まったような錯覚に陥る。
やがてヘドロにまみれた片腕が上がって、恐ろしい力で、身動きできないあたしの頭を鷲掴んだ。