(11)
あたしが原因って何それ!?
い、言いがかりよ! あたしは何もしてないわ!
誤解よ! なんだか全然分からないけど、とにかく無実よ!
「あんた! アグアさんに何かしたんでしょ!?」
そうに違いない! 幽閉している間に何か、とてつもなく残忍な事をしたんだわ!
でなければ、彼女がこんな悲惨な姿になるはずがない!
話を聞くたびに思った。想像してた。
モネグロスにあれほどまでに愛され、皆に絶賛される素晴らしい精霊。
過酷な試練にも負けない気高さ。愛を貫き通そうとする純潔さ。
密かに憧れていた。ひと目会うのを待ち望んでいた。
それが、それがこんな!
「わたしは何もしてはおらぬ」
「嘘よ!」
「嘘ではない。それどころかアグアの望みを叶えてやったのだ」
「望み? 望みって」
番人の指が空中に向かって大きな円を描く。
その部分の空間が、まるで水面が揺らめくように波立った。
歪んだ空間に様々な色彩が、万華鏡のように複雑に組み立てられていって、やがてボンヤリと何かの形になった。
あ、あれは、あたし!? あたしの姿が映ってる!?
少し霞んだ空間に浮かんでいる姿は、紛れも無くあたしの姿だ。
写真? じゃないわ。動いてる。
あたしと、ジンと、それにモネグロスの姿。背景は砂漠で、これは神の船?
これって神の船で砂漠の海を移動していた時だわ! その時の映像が、まるで録画再生みたいに映ってる!
どうなってるの!? この空間!?
映像の中でモネグロスがあたしに微笑んでいる。
あたしは涙ぐみながら、モネグロスを見つめていた。
あぁ、覚えてる。神の船の上での光景だわ。
不意に映像が変わった。
次は大破した神の船の姿。
そして手を取り合って、何事かを真剣に語り合うモネグロスとあたし。
あたしを力一杯抱きしめて、イフリートに向かって叫んでいるモネグロス。
あたしを抱きかかえ、炎から守っているモネグロス。
森の中ですすり泣きながら、あたしの肩にもたれるモネグロス。
城に侵入する際、涙ぐんであたしの手を握り締めるモネグロス。
「グ……グゥゥ……」
映像を見つめているアグアさんから、不明瞭な唸り声が聞こえてくる。
ヘドロにまみれた全身がワナワナと震えだし、唸り声がどんどん大きくなる。
「グアアァァーー!!」
ついに雄叫びを上げて映像に襲い掛かった。
ヘドロをビシャビシャと撒き散らしながら両腕で映像を殴り続ける。
汚れた腕は映像を突きぬけ、虚しく宙を舞った。
それでも彼女は獣のような声を上げ、いつまでも殴り続けた。
あたしとモネグロスの姿に向かって。
いや、ちがう、あたしの姿だけを狙い定めて殴りつけている?
まるでカタキを付け狙うように、憎しみを込めてあたしを殴っているんだわ!
濁った水色の目にはっきり浮かぶもの。
それは、その目には身に覚えがある。
かつてあたしの目も、それに憑りつかれていた。
嫉妬と憎悪。心から愛する者を横から奪い去られた絶望の色。
アグアさんは、あたしとモネグロスの関係を邪なものだと誤解してるんだ!
「幽閉されたアグアは、愛する者の姿を見たいと望んだ」
あまりに思いがけない展開に呆然とするあたしに番人が囁きかける。
「最初は喜んでいたのだ。だが」
見慣れぬ女の姿を初めて見た時、アグアの輝きが微かに翳った。
その女が自分と同じ水の力を持つ者と知り、美しい髪の艶が消えた。
愛する者とその女の距離が縮まるにつれ、皮膚がくすんだ。
モネグロスの手が、その女の手を握る。
見つめ合い、真剣に語り合う。
甘えるように肩にもたれ、強く抱きしめる。
アグアは見ていた。
じっとじっと、物も言わずに、毎日毎日食いつくように見続けていた。
徐々に徐々に、アグアの輝きは消え去り、その身は汚れていった。
清流のようだった全身は醜く濁り、透き通るようだった髪も目も、黒く澱んでいった。
澱み、濁り、沈殿し、腐り・、虫が湧き、悪臭を放つ。
アグアの清らかさが消えるにつれ、どす黒い憎悪は膨らみ続ける。
固く誓った永遠の愛を裏切られ、愛する者を奪った女への、果ての無い憎しみが。
「ち、違うわ! それは誤解よ!」
あたしとモネグロスは、そんなやましい関係なんかじゃないわ!
そ、そりゃこの映像だけを見たら勘違いするのも無理ないかもしれないけど!
これって映像のみで音声は全然聞こえてないし!
もし会話が聞こえていたら、絶対にそんな誤解なんて生まれない。
モネグロスはいつだってアグアさんの事を想っていた。
彼の気持ちは変わっていない。決して変わらないわ。あぁ、会話さえ聞こえていたら!
会話……さ、え……。
「あんた! わざと会話を聞かせなかったのね!?」
絶対そうに違いない!
アグアさんに誤解を生ませて、こんな姿にして、それに何の意味があるっていうの!?
「穢れ、だ」
「け、けがれ!? それがいったい!?」
「穢れによって心は醜く染まるのだ」
穢れ。一点の染み。
それはじわじわと侵食する。
純白の生地に落ちたひとつの汚れ。箱の中で、ひとつだけ腐った食べ物。
広がる。汚染していく。
たったひとつの小さな穢れが、やがて、関係の無い全ての物を巻き込んで。
ありとあらゆる全ての純潔も純真も、あっという間に暗黒に染め上げていく。
「ありとあらゆる全て?」
中毒患者のように宝石に固執するマティルダちゃんや侍女達。
人が変わったようになってしまった町の人々。
元々みんな、こんなじゃなかった。
マティルダちゃんはとても素直で純真で。侍女達は気立てが良くって働き者で。
町の人達は明るく実直で誠実だった。
皆、揃って善人ばかりだった。こんな簡単に良識を捨て去るような人達じゃない。
穢れが、彼らの心を侵食したんだ。
ひとつの果物についたカビが、あっという間に全部の果物に感染していくように。
免疫の無いウィルスに感染するかのように、彼らは簡単に堕ちた。
そのために、そのために
「そのためにアグアさんを、こんな目に遭わせたのね!?」
「この世で最も別格で、清涼なる精霊アグア。それがひとたび汚染した威力はこちらの期待以上の威力であった」