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 マティルダちゃんは床に落ちている宝石に手を伸ばし、両手で鷲掴みして、うっとりと頬ずりする。

 掴み切れない宝石がバラバラと音を立てて零れ落ちた。


 宝石。宝石。大好きな宝石。

 これは全部マティルダのものよ。


 いつでもキラキラ輝いてマティルダを慰めてくれる。

 輝きは変わらない。美しさも変わらない。

 決して消えない。無くならない。


 お父様や、お母様や、お兄様達のように、いなくなってしまわない。

 ヴァニスお兄様のように、マティルダのそばから離れてしまわない。


 いつだってマティルダはひとりぼっち。

 家族みんなに置いて行かれて、ひとりぼっち。


 でも宝石は違う。ずっとずっと永遠に変わらず輝き続ける。

 生き続ける。


 絶対に絶対に、宝石だけはマティルダをひとりぼっちにしない。


「こんなマティルダを、可哀想だと言ってくれたの」


 歌うような囁き声がマティルダちゃんの唇から流れる。


「可哀想だからと、教えてくれたの」


 幸せそうな表情で宝石に口付けする。


「あの精霊が、楽園のようなこの場所を」


 ―― コツン・・・ 


 固い音が耳に響いた。


 ―― コツン、コツン


 ひときわ大きく響き、近づいてくる。


 ―― コツン、コツン、 コツ 


 そして、あたしの目の前でそれは立ち止まった。


「お……さ……?」


 胸元を涙で濡らすノームが、不思議そうな声を発した。

 あたしも倒れた上体を起こし、目の前を見上げる。


 長い長い、腰に届くほどの白髪。

 同じく真っ白で、味も素っ気もない長い裾の衣装。

 顔中に刻まれた無数の深いシワ。萎んで痩せた枯れ木のような手。

 そこらの木から捥ぎ取ってきたような、無造作な枝のような杖。


 精霊の長。


 白く染まった両目があたしを見下ろしている。

 精霊達の惨い悲鳴を背にして、長がここに立っていた。


「ようやく、ここへ辿り着いたか。時は満ちたな」

「……」

「大願成就の時が、来たり」


 意味不明の言葉が長の口から聞こえてくる。

 ノームが救いを求めて両腕を長に向けて伸ばした。


「長! おねがいです! みんなを助けてください!」

「それは叶わぬ」

「そ、そんな! このままではみんな死んでしまいます!」

「この犠牲は必要不可欠。わたしの大願成就の為の礎なのだ」

「え?」

「この精霊達は役目を果たしているに過ぎぬ。果たし終えれば消えるが定め」

「……なにを」


 なにを、言っている?

 役目? 大願成就の為の犠牲?


「この繭はわたしが作り、そして精霊達を閉じ込めた。故に繭から救うわけにはいかぬ」


 長が!? 長がこの残虐な仕打ちをした張本人なの!?


「どうしてそんな事を!?」

「あなた、精霊を束ねる長でしょう!?」


 あたしとノームが同時に叫ぶ。

 なんで長がこんな事をするのよ!?

 よりにもよって長が、仲間相手にこんな残虐な行為をする理由はなんなの!?


「大量の宝石と金が必要だからだ」

「だから、なんで!?」

「人間がそれを望んだからだ」


 人間が。

 あたしの脳裏に浮かぶ、豪華絢爛な人間達の生活。

 人間の欲望を満たし支える為に?

 それは確かに人間全員が贅を尽くした生活を送るには大量の貴金属が必要だろうけど。けど!


「だからって、こんな事までする必要ないでしょう!?」


 いくら長が人間に対して絶対服従してるからって! 精霊の存続のために苦渋の選択をしたからって!

 ここまで人間に滅私奉公する必要ないでしょう!?


「あなたは精霊の長なのよ!? こんな犠牲を払ってまで人間に服従してなんになるのよ!?」

「わたしは人間に服従した事は一度も無い」

「……は!?」

「人間の為に何かを成した事など、生涯において一度たりとも無い」


 人間の為じゃ、無いって? それじゃ。


「それじゃますます分かんないわよ!」


 じゃあ何でこんな真似したのよ!?

 あんたが仲間の命を奪ってまで、こんな事してる理由が分からない!

 そんな理由がどこにあるっていうの!?


「人間の心を汚染する為である」


 朗々とした声が、枯れ木のような長の体から発せられた。

 初めて会った時の姿からは信じられないような力強い意思が漲っている。

 ヴァニスに平伏していた時のような、しゃがれた声の様子のカケラも無く、明瞭な言葉が長の口から次々と発せられるのをあたしとノームは唖然と聞いていた。


 人間の欲望には底が無い。

 満足というものを知らない。

 与えても与えても、次々と欲は深まり続けていく。

 まるで底なし沼のように、深く、深く。


 自分の要求を叶える為なら何でもする。我を忘れて、他者の言いなりにもなる。

 他者より良い目をみようと足掻き、争う。


「そして自ら心を汚染していく。宝石と金を手に入れるたびに、人の心は簡単に闇に染まっていった」


 あたしは、長の言葉から城下町の様子を思い浮かべた。

 楽で裕福な生活に味をしめた姿を。

 人間はそれだけで満足できず、どんどん堕落し、他者と比較し、争うようにまでなった。


 これが長の目的だった?

 その為に宝石や金銀を人間にバラ撒いたの?


 あのちょびンも宝石や金を握らされていたんだ。そして長の言いなりになって、この現状を隠していた。

 たぶん他の貴族たちもみんなそうだわ。

 我欲の為に結託してヴァニスを執務漬けにし、城に閉じ込めた。

 そして彼の目を逸らし続けていたんだ。


 人間の心を汚染する為?


「それは人間に対する復讐なの!?」


 精霊を奴隷のように扱った人間への復讐!? そうやって人間を破滅させようとしているの!?


 イフリートが以前に言っていた。

 人間の言いなりになっている長の態度を嘆くジンに「長には長なりの考えがあるらしい」って。


 これがその『考え』なの!?

 服従したふりをして、こんな事を心の中で考えていたの!?


 なんて……なんて酷い事を!


 マティルダちゃんの寂しい心につけ込んで。

 貴族たちや町の人々の心を操り、争わせて。

 人の心を醜く染め上げ堕落させ、衰弱させる。

 しかもその復讐の為に、仲間の命を消耗品のように扱うなんて!


「やる事が汚すぎるわ! あんた、仮にも長と呼ばれる存在なんでしょう!?」

「わたしは精霊の長ではない」


 ……。

 はい? なんだって?


「わたしは、長などという存在ではない。そもそも精霊の仲間ではない。」

「……?」

「それに、人間への復讐の為などという理由でもない。異世界の人間よ、お前は何ひとつ知らない」


 精霊の仲間じゃない? 長でもない?

 人間への復讐でもない?


 言われている事が何ひとつ理解できず、あたしもノームもポカンとする。


 いったい、何を言わんとしているの? あんたは。

 そもそも精霊の仲間じゃないってどういう意味よ?

 ひょっとして高齢すぎてボケてきてるんじゃないの!?

 もしそうなら大変だわ!

 認知症の老人に車のハンドル握らせて、高速道路を突っ走らせてるようなもんじゃないの!


「ね、ねぇ長。今日が何月何日か言える? 財布とか通帳の置き場所とか」

「わたしは神の眷属である」

「そ、そうね。うんうん。精霊はみんな、何かの神の眷属よね」

「わたしの主は始祖の神である」


 ……。

 え?

 いま、なんて言っ……。


「わたしは始祖の神に仕える唯一の眷属。この世界の番人である」


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