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 楽園!? 楽園って、これのどこが楽園なのよ!?


「すごいでしょう? 欲しい宝石がいくらでも手に入るのよ?」

「マティルダちゃん! 自分が何を言ってるか分かってるの!?」

「本当はダメだけど、雫さまならここに居てもいいわよ。許してあげる」

「マティルダちゃん聞いてる!?」

「マティルダね、雫さまが大好きだから。大好きな人は特別に許してあげてるの」


 後ろを振り返ったマティルダちゃんの視線の先に、侍女達がいた。

 みんな精霊が吐き出す宝石を拾い上げ、嬌声を上げて歓喜している。

 あたしは信じられない思いでその光景を見ていた。


 侍女達までが。

 みんないったい何をしているの? この状況が分かっているの? ちゃんと目に見えているの?

 自分が手にしているその宝石が。


「今どうやって生まれているか分かっているの!?」

「もちろん分かってるわよ? 精霊が作っているんでしょう?」

 マティルダちゃんに屈託の無い笑顔であっさり返答され、逆にあたしが言葉に詰まる。


「宝石は自然の物だもの。精霊でなければ作り出せない事くらい、知ってるわ」

「作り出すって、そういう状況じゃないでしょう!?」


 どんな作用か分からないけど、この繭が無理矢理に宝石を吐き出させている!

 絶対にこれは自然の状態じゃない! 自然の理を捻じ曲げて、強引に宝石を製造させられているんだ!

 そうでなければ、みんなこんな恐ろしい悲鳴を上げたりしないわ!

 これは、これは拷問よ! 耐え難い苦痛を伴う拷問だわ!


「一刻も早く精霊達を助けなきゃ!」

「あら、どうして?」

「ど、どうしてってそんな!」

「だって、ただの精霊でしょう?」


 首を傾げ、あっけらかんとマティルダちゃんは言った。


「精霊は人間の道具なのでしょう?」

「マ、ティルダちゃ……」

「みんなそう言ってるわ。役に立つ便利な道具だって」


 ―― ギャアアア! 


 目の前の精霊が激しい悲鳴をあげ、苦痛に身悶えた。

 目と口から大量の宝石を放出する。

「まあ! 綺麗!」

 マティルダちゃんが両手を差し出し、宝石を大喜びで受け止めた。


 ゴポ・・・


 かは、かは、と精霊は、か細い息を吐いた。

 繭がピリピリと音をたて破けていき、ズルズルと全身が繭から抜け落ち、ドサリと精霊は床に落下した。


 痙攣する精霊は見る間に色を失っていく。

 鮮やかな色彩の髪と目から、どんどん色が抜け落ちる。

 全身がくすんだ灰色に完全に変色し、やがて。

 ピクリとも動かなくなった。


 最期に精霊の両目から……。

 やっと、本来の透明な雫が一筋、床に流れ落ちた。


「あぁ、これはもうダメね」

「……」

「でも、いいわ」

「……」

「だってまだこんなにたくさんあるもの」


 マティルダちゃんが部屋中の繭を見渡して、そう言った。


 あたしの胸元でノームが小刻みに震えながら、息絶えた灰色の精霊を見ている。

 あちこちでまた精霊達の絶叫が響き渡り、宝石が吐き出される音がした。

 そして重なる侍女達の高らかな歓声。


「いやああぁぁぁーーーーー!!」

 ノームが両手で顔を覆い、泣き叫んだ。


 まるきり動く事のできなかったあたしの体が、ノームの声で呪縛が解ける。

 飛び跳ねるように立ち上がり、近くの繭に駆け寄った。

 そして必死に繭を引き裂き、中の精霊を助け出そうとした。

 手が震える。頭の中は真っ白だ。わけもわからぬまま、がむしゃらに繭に爪を立てる。


 ものすごく硬い。やっぱりただの繭じゃない。こっちの爪が剥げそうになる。

 でもあたしの手は止まらなかった。

 まるで歯が立たない繭に向かって、思い切り引っ張り、爪を立てる。


「た……」

 苦しげな精霊の泣き声。

「た、すけ……」


 精霊の目から輝く宝石が次々と溢れ出す。

 あぁ、待ってて! 今すぐ助けるから!

 あたしの目にも涙が滲んだ。


「なにするのよ雫さま!」

 ドンッ!と体当たりされ、あたしは勢い良く床に倒れた。


「これはマティルダの宝石よ! 盗っちゃダメ!」

 マティルダちゃんが精霊から溢れる宝石を握り締め、あたしを睨みつける。

「雫さまは、あっちの精霊から宝石を取ればいいでしょう!?」


 床に倒れ、呆然とその姿を見ていたあたしは唸り声を上げ、マティルダちゃんに飛び掛った。

 ふたり絡み合うように床に倒れる。

 両手両足をバタつかせて抵抗する彼女の上に馬乗りになり、あたしは叫んだ。


「どうしてこんな事するのよ!?」


 なんでこんな事するの!? できるの!?

 なんでこんな非道な事ができるのよ!? 人間は、こんなに残虐な生き物だっていうの!?


「だって精霊の起こす天災のせいで、人間は不幸になったのよ!?」


 マティルダちゃんの叫びに、あたしはビクリと反応した。


「非道な罪を犯したものは、それに相応しい制裁を受けるべきなのよ!」


 まだ幼さの残る拳が、あたしの顔をガツガツと殴りつける。

 殴りながらマティルダちゃんは叫び続けた。


 お父様は死んだ。

 お母様も死んだ。

 上のお兄様も。

 次のお兄様も。


 みんな神や精霊のせいで無慈悲に奪われてしまった。

 だから。


「だからマティルダには、それをする権利があるわ!」


 全身から力が抜ける。

 ビシャリと頬を殴られ、勢い余ってあたしは崩れるように倒れた。


 床に頭を打ち付けたけれど、言葉による衝撃の方が大きすぎて、痛みは感じなかった。

 それは、あぁ、その言葉は。


 あたしの理屈だ。


 婚約者に裏切られ。幸せを無慈悲に奪い取られ。

 晒し者にされ笑い者にされて。


 憎んだ。


 命懸けの復讐を誓った。当然の権利だと思った。

 誰が許されずとも、世界中でこのあたしだけには正統な権利があると信じた。

 だから必ず地獄に引きずり落としてやると思った。


 あぁ。

 ああぁぁ。


 あたしという人間は!!


 冷たい床に頬を擦りつけ、両手で頭を抱え込む。

 あたしは声も無くすすり泣いた。


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