(7)
楽園!? 楽園って、これのどこが楽園なのよ!?
「すごいでしょう? 欲しい宝石がいくらでも手に入るのよ?」
「マティルダちゃん! 自分が何を言ってるか分かってるの!?」
「本当はダメだけど、雫さまならここに居てもいいわよ。許してあげる」
「マティルダちゃん聞いてる!?」
「マティルダね、雫さまが大好きだから。大好きな人は特別に許してあげてるの」
後ろを振り返ったマティルダちゃんの視線の先に、侍女達がいた。
みんな精霊が吐き出す宝石を拾い上げ、嬌声を上げて歓喜している。
あたしは信じられない思いでその光景を見ていた。
侍女達までが。
みんないったい何をしているの? この状況が分かっているの? ちゃんと目に見えているの?
自分が手にしているその宝石が。
「今どうやって生まれているか分かっているの!?」
「もちろん分かってるわよ? 精霊が作っているんでしょう?」
マティルダちゃんに屈託の無い笑顔であっさり返答され、逆にあたしが言葉に詰まる。
「宝石は自然の物だもの。精霊でなければ作り出せない事くらい、知ってるわ」
「作り出すって、そういう状況じゃないでしょう!?」
どんな作用か分からないけど、この繭が無理矢理に宝石を吐き出させている!
絶対にこれは自然の状態じゃない! 自然の理を捻じ曲げて、強引に宝石を製造させられているんだ!
そうでなければ、みんなこんな恐ろしい悲鳴を上げたりしないわ!
これは、これは拷問よ! 耐え難い苦痛を伴う拷問だわ!
「一刻も早く精霊達を助けなきゃ!」
「あら、どうして?」
「ど、どうしてってそんな!」
「だって、ただの精霊でしょう?」
首を傾げ、あっけらかんとマティルダちゃんは言った。
「精霊は人間の道具なのでしょう?」
「マ、ティルダちゃ……」
「みんなそう言ってるわ。役に立つ便利な道具だって」
―― ギャアアア!
目の前の精霊が激しい悲鳴をあげ、苦痛に身悶えた。
目と口から大量の宝石を放出する。
「まあ! 綺麗!」
マティルダちゃんが両手を差し出し、宝石を大喜びで受け止めた。
ゴポ・・・
かは、かは、と精霊は、か細い息を吐いた。
繭がピリピリと音をたて破けていき、ズルズルと全身が繭から抜け落ち、ドサリと精霊は床に落下した。
痙攣する精霊は見る間に色を失っていく。
鮮やかな色彩の髪と目から、どんどん色が抜け落ちる。
全身がくすんだ灰色に完全に変色し、やがて。
ピクリとも動かなくなった。
最期に精霊の両目から……。
やっと、本来の透明な雫が一筋、床に流れ落ちた。
「あぁ、これはもうダメね」
「……」
「でも、いいわ」
「……」
「だってまだこんなにたくさんあるもの」
マティルダちゃんが部屋中の繭を見渡して、そう言った。
あたしの胸元でノームが小刻みに震えながら、息絶えた灰色の精霊を見ている。
あちこちでまた精霊達の絶叫が響き渡り、宝石が吐き出される音がした。
そして重なる侍女達の高らかな歓声。
「いやああぁぁぁーーーーー!!」
ノームが両手で顔を覆い、泣き叫んだ。
まるきり動く事のできなかったあたしの体が、ノームの声で呪縛が解ける。
飛び跳ねるように立ち上がり、近くの繭に駆け寄った。
そして必死に繭を引き裂き、中の精霊を助け出そうとした。
手が震える。頭の中は真っ白だ。わけもわからぬまま、がむしゃらに繭に爪を立てる。
ものすごく硬い。やっぱりただの繭じゃない。こっちの爪が剥げそうになる。
でもあたしの手は止まらなかった。
まるで歯が立たない繭に向かって、思い切り引っ張り、爪を立てる。
「た……」
苦しげな精霊の泣き声。
「た、すけ……」
精霊の目から輝く宝石が次々と溢れ出す。
あぁ、待ってて! 今すぐ助けるから!
あたしの目にも涙が滲んだ。
「なにするのよ雫さま!」
ドンッ!と体当たりされ、あたしは勢い良く床に倒れた。
「これはマティルダの宝石よ! 盗っちゃダメ!」
マティルダちゃんが精霊から溢れる宝石を握り締め、あたしを睨みつける。
「雫さまは、あっちの精霊から宝石を取ればいいでしょう!?」
床に倒れ、呆然とその姿を見ていたあたしは唸り声を上げ、マティルダちゃんに飛び掛った。
ふたり絡み合うように床に倒れる。
両手両足をバタつかせて抵抗する彼女の上に馬乗りになり、あたしは叫んだ。
「どうしてこんな事するのよ!?」
なんでこんな事するの!? できるの!?
なんでこんな非道な事ができるのよ!? 人間は、こんなに残虐な生き物だっていうの!?
「だって精霊の起こす天災のせいで、人間は不幸になったのよ!?」
マティルダちゃんの叫びに、あたしはビクリと反応した。
「非道な罪を犯したものは、それに相応しい制裁を受けるべきなのよ!」
まだ幼さの残る拳が、あたしの顔をガツガツと殴りつける。
殴りながらマティルダちゃんは叫び続けた。
お父様は死んだ。
お母様も死んだ。
上のお兄様も。
次のお兄様も。
みんな神や精霊のせいで無慈悲に奪われてしまった。
だから。
「だからマティルダには、それをする権利があるわ!」
全身から力が抜ける。
ビシャリと頬を殴られ、勢い余ってあたしは崩れるように倒れた。
床に頭を打ち付けたけれど、言葉による衝撃の方が大きすぎて、痛みは感じなかった。
それは、あぁ、その言葉は。
あたしの理屈だ。
婚約者に裏切られ。幸せを無慈悲に奪い取られ。
晒し者にされ笑い者にされて。
憎んだ。
命懸けの復讐を誓った。当然の権利だと思った。
誰が許されずとも、世界中でこのあたしだけには正統な権利があると信じた。
だから必ず地獄に引きずり落としてやると思った。
あぁ。
ああぁぁ。
あたしという人間は!!
冷たい床に頬を擦りつけ、両手で頭を抱え込む。
あたしは声も無くすすり泣いた。