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(6)

 口元を覆っていた両手がダラリと垂れる。

 我を忘れて目の前の光景を凝視した。

 天井から吊り下げられる繭の中に、精霊?

 あれは間違いなく精霊だわ。初めて会う精霊だけど。

 しかもすごい数。いったい繭が何個あるの? 室内中を巨大な白い繭が埋め尽くしている。


 ぐにぐにビクビクと痙攣するような仕草の精霊達が、透ける様な繭の糸を通してハッキリ確認できた。

 その奇妙さと不気味さに、あたしは恐怖心を覚えて後ずさる。


「ね、ねぇノーム。これって精霊の誕生シーンなの? 精霊って繭で誕生するものだったの?」


 仮にも生命の誕生シーンなら感動的なはずなんだけど。

 お世辞にもそうは見えない。思えない。

 生命の誕生っていうよりも、もうこれはハッキリとエイリアンの繁殖シーンよ。

 会っちゃいけない未知との遭遇だわ。


「そ、んな」

 大きな両目を極限まで見開いたノームが声を絞り出した。

「そんな……」

「ねぇノームってば。精霊って繭から生まれるの」

「そんなわけないじゃないですか!」


 あたしの胸元でノームは金切り声を張り上げた。

「みんな!? これはいったいなんなの!? どういうことなの!?」


 ノームの叫びに室内の澱んだ空気が震える。

 その振動に反応するように全ての繭が、いいえ、その中の精霊達が痙攣し始めた。

 繭からわずかに覗いた精霊達の顔が、明らかに苦痛に歪み硬直する。


 ―― ギャアァァ――!! 


 まるで重複する機械音のような悲鳴が、全ての精霊達の口から飛び出した。

 あまりの凄まじさにあたしは両耳を押さえる。

 地面に打ち上げられた魚のように、精霊達の全身が繭の中で暴れた。


 繭が精霊たちを締め上げているんだわ!

 この苦しみようは尋常じゃない!

 万力に挟まれるように締め付けられて、恐ろしい力で絞り上げられているんだ!


 極限の苦痛にさらされる精霊達が、嘔吐した。

 そして両目からは滝のように涙が溢れ零れ落ちる。

 たくさんの涙が、次々と大量に零れて……。


 違う! 涙でも嘔吐物でもない!

 あれは、宝石だ!!


 黄色い瞳の精霊からは、黄色の大小様々な宝石が。

 青い髪と瞳の精霊からは、青色の様々な宝石が。

 緑からは緑。白からは白。

 そして金色の髪と瞳の精霊からは、黄金が溢れ落ちている。

 反響する精霊達の絶叫の中に混じって、別の何かが聞こえた気がした。


 ―― うふ 


 背中に寒気が走り、嫌な予感がした。この声。これって聞き覚えのある。


 ―― うふふ


 あたしはギクシャクと首を回して、声のする方向を見た。

 白い繭達に埋もれるようにしてうずくまる姿を、あたしの目は捉える。

 精霊達の吐き出す宝石を両手に掬い、嬉しそうに笑っている姿を。


「マティルダちゃん!!?」


 あたしは精霊達に負けないほどの悲鳴を上げた。

 やっぱりここに!? なぜここに!? なんで!? どうして!? 


「なにをしているの!? マティルダちゃん!!」


 あたしは無我夢中で駆け寄った。そしてマティルダちゃんの両肩を掴み激しく揺さぶる。

「マティルダちゃん! マティルダちゃんったら!」

「うふふ、ふふ」


 ガクガクと揺さぶられながらも、彼女は笑うのをやめようとしなかった。

 懸命に呼びかけても惚けた瞳はあたしを見ない。

 握り締めた自分の両手の中の宝石だけを見続けている。


「マティルダちゃん! しっかりして! こんなもの持ってちゃだめよ!」


 あたしは手の中の宝石を勢い良く床に払い落とした。

 途端に彼女の両目に意思が戻る。


「なにするのよ!!」

 敵意のこもった声を張り上げ、やっとあたしの方を見た。


「マティルダちゃん! マティルダちゃん!」

「……雫……さま? 雫さま、どうしてここにいるの?」

「それはこっちのセリフよ! あなたここで何してるの!? これはいったい何なのよ!?


 形相を変えて詰め寄るあたしをポカンと見ていたマティルダちゃんは、再び笑い出した。


「あぁ、見つかってしまったのね。せっかく今まで隠していたのに」

「隠す!? 隠すってなに!?」

「ここはね、マティルダの秘密の場所なの」


 さも重大な秘密を打ち明けるように、得意気に声をひそめる。

「いくらでも宝石が手に入る、素晴らしい楽園よ」


 うふふ。

 そう言って幸せそうにまた笑った。


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